刻印

文字の大きさ
上 下
66 / 232

-65

しおりを挟む
 外へ出ると、雨は上がっていた。
 雨で洗われた空気に夜明け前の風が心地良かった。

「匠、外だぞ」
 浅葱の声に匠はわずかに頷き、少し大きく息をしたように見える。

 
 そのまま匠を自分の車へと運ぶ浅葱に、
「救急車とか呼びますか? 警察病院とか……」
 深月が声をかける。

「いや、部屋へ帰る。
 奴等に寝返った上層部が誰かわからないままでは、組織に関係ある場所には連れて行けない。
 普通の病院では大騒ぎになる。
 今はオヤジに託すしかない」
 深月は黙って頷いた。


 他の四人は、もう車の側に戻って来ていた。
 浅葱が匠を抱きかかえて戻ったのを見ると、各々に安堵の表情を浮かべる。

「どうなんだ? 匠は?」
「今は薬で少し落ち着いている」
「よく頑張ったな」
「帰ろうぜ」
 皆が口々に声をかけた。

「……上は?」
「ああ、雨のおかげで消火も思ったより早かった。
 敷地もこの通り広いからな。近隣への影響もなかったようだ。
 ……だがな……」

 五人が建物を見上げると、派手に壊れた5階と屋上が見えた。
 火こそ消えているが、灰色の、煙か埃かわからない物をまだ細く吐き出している。
 その光景を見ながら五人共が、言いようの無い疑懼ぎくの念を抱いていた。


「悪いが皆と少し話がある。
 後ろに乗って少しの間、匠を支えてやってくれ」

 そう言われ、深月が後部座席に座ると、浅葱は匠を抱きかかえさせるようにそっと預けた。
 
「背中も肋骨もやられてる。
 寝かせられないから注意しろ。
 横向きにして……そのままだ」
 
 浅葱が手を離すと、深月の両腕に匠の体重が圧し掛かる。
 細く見えるが、幼い頃から鍛えた匠の体は、想像以上に引き締まっていて重かった。
 そして体温もかなり高い。高熱だ。
 布一枚にくるまれただけの匠の体から、直接熱が伝わってきて、深月はすぐに汗びっしょりになった。

 こんなに熱くて重い人間を抱えて、息も切らさず地下6階から上がって来たのか……あの人は……。
 負担を掛けないように、動かしもせず、揺らしもせず……。
 しかも、あの銃撃戦の後で……。

 自分だって浅葱さんのように……。
 そうは思っても、深月の体はすぐに悲鳴を上げた。

「うぅ……それにしても熱い……重い……キツい。 
 長くは無理ですよぉ……浅葱さん、早く戻って来て……」
 身動きもできないまま、天井だけを見上げ、思わずそう呻いていた。

「……すみ……ません……」

 その声が聞こえたのか、匠が目を閉じたまま小さな声で言った。
 少しでも深月の負担を減らそうと、力の入らない腕で自分の体を支えようとしている。


「……あ! ……いえ! 大丈夫ですから!
 気にしないで、力、抜いててください! 
 本当に大丈夫ですから!」
 
 匠は言葉を発するのも苦しいのか、それ以上は何も言わなかったが、まるで深月に礼でもするように少し頭を下げたようだった。
 そしてそのまま、また荒い息遣いだけになる。


 頭を下げられ、深月は恐縮するように匠の顔を見た。
 みんなで探し続けた匠が今、自分の腕の中に居る。
 それだけで嬉しかった。

 あのカメラの映像は見ていたが、深月がまじまじと匠の顔を見るのはこれが初めてだ。
 実戦要員はもっと、屈強な、図体のデカい感じだと勝手に思っていた。
 だが、今、自分の腕の中にいる匠は、想像していた “匠” とは全く違っていた。
 年も自分とそれほど変わらないかもしれない。

 閉じられた瞳の長い睫毛、額にかかる濡れた髪、それは妙に美しく見えた。
 苦しそうに浅く呼吸をする口も、苦痛に歪むその表情さえも、どこか……。
 思わず指でそっと前髪に触れてみる……。

「……ンッ……」
 匠が小さく呻き顔を動かした。
 慌てて深月は手を引っ込め、我に返った……。


 深月は技術屋で実戦経験もほとんど無い。
 今回も『部屋で待機していれば良い』そう言われていた。
 それでもオヤジに無理を言って浅葱について来た。
 それはこの二人を見たかったからだ。

 当初、浅葱の事が全く理解できなかった。
 だが、深月が尊敬し慕うオヤジが、浅葱の事を “ナンバーワンだ” と言い切った。
 そしてその浅葱が、皆に頭を下げてまで、助けて欲しいと言ったのが匠だった。

 そして、ここへ来てその二人を見た。
 深月はこの二人……オヤジを含めたこの三人に、ついて行きたいと思い始めていた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

生意気な少年は男の遊び道具にされる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...