刻印

文字の大きさ
上 下
64 / 232

-63

しおりを挟む
 このままでは、最悪、呼吸困難で……。
 浅葱は匠の背中に負担がかからないように首と脚を支え、真っ直ぐ仰向けに横たえると、匠の胸に手を乗せた。

「……? ……匠……?」
 その胸から伝わる感覚もまた普通ではなかった。
 肋骨も折られている……。
 
 体を覆う布をずらし、胸をはだけさせる。
 そこにも痛々しい傷があった。
 いや、胸だけではない。
 体中に深いもの、浅いもの……無傷の場所などない程、それは大小無数だった。
 特に胸の中央には、まだ塞がっていない大きな傷もある。
 あの男が、どれほど匠をいたぶり続けたのか歴然としていた。

「ひどい……」 
 思わず深月も呟いた。

「匠、少し痛いが我慢しろ……」
 その傷を見て一瞬躊躇はしたが、浅葱は匠の深い傷の真上に両手を乗せると、そのまま掌でグッと胸を圧迫した。


「……ンッァっっっ……!!」
 体重を掛けて肺の動きを抑圧された匠の呼吸が止まる。
 折れた肋骨と、ナイフの切創とを強く押さえ込む浅葱の指間からは、傷口が開き、じわりと出血するのが見えた。

「あ……浅葱さんっ! 何を……!」
 驚いた深月が叫ぶが、浅葱は手を緩めなかった。

「……ンッ……ッ…………」
 呼吸を止められた匠は苦し気にもがき、呻くだけだ。

「浅葱さんっ!!」
 居たたまれなくなった深月が浅葱の腕に飛びつき、引き剥がそうとした。

「触るな! 黙ってろ!!!」

 浅葱はそのまま……じっと目を閉じ、唇を噛んだまま、匠の呼吸を計るかのように、手で何かを感じ取ろうとする。


 そして、暫くしてようやく浅葱は手を放した。

「――んッ――!
 ……ぁっ……、、、…………」

 浅葱の手が離れると、匠は苦しさから必死に息を吸い込もうとする。
 胸が大きく上下した。

「……も……戻った……」
 深月が感嘆の声をあげる。


「……そうだ。匠、それでいい。
 ゆっくり吸い込め……ゆっくりだ……」

「あ……あさぎ……さ…………」

 ゴホッ……ゴホッ……

 浅葱の圧迫で少しだけ呼吸が戻ったのか、匠が声を出そうとする。
 だが声はあまり出ず、咳き込むばかりだった。

「深月、ケースの水を……」
「は、はい!」
 深月がケースからボトルを差し出した。

「匠、水だ……」
 そう言って抱きかかえたまま、匠の唇の端から数滴流し入れた。

 匠の口に少しずつ水が入っていく。
 だが、匠は飲み込もうとしなかった。

「どうした……? 少しでいい、飲むんだ」

 口に入れられる物を無意識に拒否しているのか、それとも、という行為自体わからなくなっているのか……。
 そのうち、また咳き込み始め、ゴホッ、ゴホッ……と、わずかに入れた水さえ吐き出すようになっていた。
 
 浅葱はそんな匠をじっと見つめていたが、突然、自分の口に水を含むと、匠の顎を持ち上げ、その唇に自分の唇を合わせた。
 驚いた深月が小さな声をあげる。
 いきなり塞がれた唇に、匠の体がビクンと震え、目を開けた。
 
 同じ感覚だった。
 いつもあの男にされた事……。
 あの男が……。
 また……。
 ……嫌だ……やめろ……!


「……ンんッ……や……め……っ……!」
 
 混乱する匠は逃れようと首を振り抗った。
 だが、その結果もいつもと同じ。
 匠の傷ついた体では、相手から逃れる事も、押し退ける事も、到底できはしなかった。
 塞いだ唇も匠を離そうとしない。

 また……苦しくなる……やめろ……。
 力の入らない指で抵抗し、相手のシャツを握り締めた。


 その時、不意にその手が握られた。
 指を合わせ、絡めるように握られたその感覚は、無理矢理に押さえ込む、あの男とは違っていた。

 違う……。
 あの男……じゃない……。
 
 塞がれた唇――
 それは強引でもなく、無理矢理でもなかった。

 “何も怖がる事は無い。大丈夫だ、匠……” 
 そんな意識が触れた唇から柔らかく流れ込んで来る。
  
 浅……葱さん……。

 逃れようとしていた体から徐々に力が抜けていく。
 絡められた指からも、浅葱の強さと温もりを感じ、匠はゆっくりと目を閉じた。

 “いい子だ……”
 それを待っていたように、塞がれた唇から、呼吸に合わせて、少しずつ水が落とされた。

「……んっ……」
 匠は浅葱の唇から水を受け取ると、小さく喉を鳴らし、コクンと飲み込んだ。
 そっと唇が離されると「大丈夫か……?」優しい浅葱の声がした。
 
「ん……」
 匠は浅葱のシャツを握ったまま小さく頷いた。
 浅葱も頷き、二度、三度……同じように水を飲ませた。

 匠も少しずつ落ち着きを取り戻していく。
 浅葱の腕の中で穏やかに体を預け、注がれる水をゆっくりと飲み込んだ。

「匠、今までよく頑張ったな。
 もう少し落ち着いたら帰るぞ」

 その言葉に匠は何度も頷いた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

父のチンポが気になって仕方ない息子の夜這い!

ミクリ21
BL
父に夜這いする息子の話。

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

処理中です...