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このままでは、最悪、呼吸困難で……。
浅葱は匠の背中に負担がかからないように首と脚を支え、真っ直ぐ仰向けに横たえると、匠の胸に手を乗せた。
「……? ……匠……?」
その胸から伝わる感覚もまた普通ではなかった。
肋骨も折られている……。
体を覆う布をずらし、胸をはだけさせる。
そこにも痛々しい傷があった。
いや、胸だけではない。
体中に深いもの、浅いもの……無傷の場所などない程、それは大小無数だった。
特に胸の中央には、まだ塞がっていない大きな傷もある。
あの男が、どれほど匠をいたぶり続けたのか歴然としていた。
「ひどい……」
思わず深月も呟いた。
「匠、少し痛いが我慢しろ……」
その傷を見て一瞬躊躇はしたが、浅葱は匠の深い傷の真上に両手を乗せると、そのまま掌でグッと胸を圧迫した。
「……ンッァっっっ……!!」
体重を掛けて肺の動きを抑圧された匠の呼吸が止まる。
折れた肋骨と、ナイフの切創とを強く押さえ込む浅葱の指間からは、傷口が開き、じわりと出血するのが見えた。
「あ……浅葱さんっ! 何を……!」
驚いた深月が叫ぶが、浅葱は手を緩めなかった。
「……ンッ……ッ…………」
呼吸を止められた匠は苦し気にもがき、呻くだけだ。
「浅葱さんっ!!」
居たたまれなくなった深月が浅葱の腕に飛びつき、引き剥がそうとした。
「触るな! 黙ってろ!!!」
浅葱はそのまま……じっと目を閉じ、唇を噛んだまま、匠の呼吸を計るかのように、手で何かを感じ取ろうとする。
そして、暫くしてようやく浅葱は手を放した。
「――んッ――!
……ぁっ……、、、…………」
浅葱の手が離れると、匠は苦しさから必死に息を吸い込もうとする。
胸が大きく上下した。
「……も……戻った……」
深月が感嘆の声をあげる。
「……そうだ。匠、それでいい。
ゆっくり吸い込め……ゆっくりだ……」
「あ……あさぎ……さ…………」
ゴホッ……ゴホッ……
浅葱の圧迫で少しだけ呼吸が戻ったのか、匠が声を出そうとする。
だが声はあまり出ず、咳き込むばかりだった。
「深月、ケースの水を……」
「は、はい!」
深月がケースからボトルを差し出した。
「匠、水だ……」
そう言って抱きかかえたまま、匠の唇の端から数滴流し入れた。
匠の口に少しずつ水が入っていく。
だが、匠は飲み込もうとしなかった。
「どうした……? 少しでいい、飲むんだ」
口に入れられる物を無意識に拒否しているのか、それとも、飲むという行為自体わからなくなっているのか……。
そのうち、また咳き込み始め、ゴホッ、ゴホッ……と、わずかに入れた水さえ吐き出すようになっていた。
浅葱はそんな匠をじっと見つめていたが、突然、自分の口に水を含むと、匠の顎を持ち上げ、その唇に自分の唇を合わせた。
驚いた深月が小さな声をあげる。
いきなり塞がれた唇に、匠の体がビクンと震え、目を開けた。
同じ感覚だった。
いつもあの男にされた事……。
あの男が……。
また……。
……嫌だ……やめろ……!
「……ンんッ……や……め……っ……!」
混乱する匠は逃れようと首を振り抗った。
だが、その結果もいつもと同じ。
匠の傷ついた体では、相手から逃れる事も、押し退ける事も、到底できはしなかった。
塞いだ唇も匠を離そうとしない。
また……苦しくなる……やめろ……。
力の入らない指で抵抗し、相手のシャツを握り締めた。
その時、不意にその手が握られた。
指を合わせ、絡めるように握られたその感覚は、無理矢理に押さえ込む、あの男とは違っていた。
違う……。
あの男……じゃない……。
塞がれた唇――
それは強引でもなく、無理矢理でもなかった。
“何も怖がる事は無い。大丈夫だ、匠……”
そんな意識が触れた唇から柔らかく流れ込んで来る。
浅……葱さん……。
逃れようとしていた体から徐々に力が抜けていく。
絡められた指からも、浅葱の強さと温もりを感じ、匠はゆっくりと目を閉じた。
“いい子だ……”
それを待っていたように、塞がれた唇から、呼吸に合わせて、少しずつ水が落とされた。
「……んっ……」
匠は浅葱の唇から水を受け取ると、小さく喉を鳴らし、コクンと飲み込んだ。
そっと唇が離されると「大丈夫か……?」優しい浅葱の声がした。
「ん……」
匠は浅葱のシャツを握ったまま小さく頷いた。
浅葱も頷き、二度、三度……同じように水を飲ませた。
匠も少しずつ落ち着きを取り戻していく。
浅葱の腕の中で穏やかに体を預け、注がれる水をゆっくりと飲み込んだ。
「匠、今までよく頑張ったな。
もう少し落ち着いたら帰るぞ」
その言葉に匠は何度も頷いた。
浅葱は匠の背中に負担がかからないように首と脚を支え、真っ直ぐ仰向けに横たえると、匠の胸に手を乗せた。
「……? ……匠……?」
その胸から伝わる感覚もまた普通ではなかった。
肋骨も折られている……。
体を覆う布をずらし、胸をはだけさせる。
そこにも痛々しい傷があった。
いや、胸だけではない。
体中に深いもの、浅いもの……無傷の場所などない程、それは大小無数だった。
特に胸の中央には、まだ塞がっていない大きな傷もある。
あの男が、どれほど匠をいたぶり続けたのか歴然としていた。
「ひどい……」
思わず深月も呟いた。
「匠、少し痛いが我慢しろ……」
その傷を見て一瞬躊躇はしたが、浅葱は匠の深い傷の真上に両手を乗せると、そのまま掌でグッと胸を圧迫した。
「……ンッァっっっ……!!」
体重を掛けて肺の動きを抑圧された匠の呼吸が止まる。
折れた肋骨と、ナイフの切創とを強く押さえ込む浅葱の指間からは、傷口が開き、じわりと出血するのが見えた。
「あ……浅葱さんっ! 何を……!」
驚いた深月が叫ぶが、浅葱は手を緩めなかった。
「……ンッ……ッ…………」
呼吸を止められた匠は苦し気にもがき、呻くだけだ。
「浅葱さんっ!!」
居たたまれなくなった深月が浅葱の腕に飛びつき、引き剥がそうとした。
「触るな! 黙ってろ!!!」
浅葱はそのまま……じっと目を閉じ、唇を噛んだまま、匠の呼吸を計るかのように、手で何かを感じ取ろうとする。
そして、暫くしてようやく浅葱は手を放した。
「――んッ――!
……ぁっ……、、、…………」
浅葱の手が離れると、匠は苦しさから必死に息を吸い込もうとする。
胸が大きく上下した。
「……も……戻った……」
深月が感嘆の声をあげる。
「……そうだ。匠、それでいい。
ゆっくり吸い込め……ゆっくりだ……」
「あ……あさぎ……さ…………」
ゴホッ……ゴホッ……
浅葱の圧迫で少しだけ呼吸が戻ったのか、匠が声を出そうとする。
だが声はあまり出ず、咳き込むばかりだった。
「深月、ケースの水を……」
「は、はい!」
深月がケースからボトルを差し出した。
「匠、水だ……」
そう言って抱きかかえたまま、匠の唇の端から数滴流し入れた。
匠の口に少しずつ水が入っていく。
だが、匠は飲み込もうとしなかった。
「どうした……? 少しでいい、飲むんだ」
口に入れられる物を無意識に拒否しているのか、それとも、飲むという行為自体わからなくなっているのか……。
そのうち、また咳き込み始め、ゴホッ、ゴホッ……と、わずかに入れた水さえ吐き出すようになっていた。
浅葱はそんな匠をじっと見つめていたが、突然、自分の口に水を含むと、匠の顎を持ち上げ、その唇に自分の唇を合わせた。
驚いた深月が小さな声をあげる。
いきなり塞がれた唇に、匠の体がビクンと震え、目を開けた。
同じ感覚だった。
いつもあの男にされた事……。
あの男が……。
また……。
……嫌だ……やめろ……!
「……ンんッ……や……め……っ……!」
混乱する匠は逃れようと首を振り抗った。
だが、その結果もいつもと同じ。
匠の傷ついた体では、相手から逃れる事も、押し退ける事も、到底できはしなかった。
塞いだ唇も匠を離そうとしない。
また……苦しくなる……やめろ……。
力の入らない指で抵抗し、相手のシャツを握り締めた。
その時、不意にその手が握られた。
指を合わせ、絡めるように握られたその感覚は、無理矢理に押さえ込む、あの男とは違っていた。
違う……。
あの男……じゃない……。
塞がれた唇――
それは強引でもなく、無理矢理でもなかった。
“何も怖がる事は無い。大丈夫だ、匠……”
そんな意識が触れた唇から柔らかく流れ込んで来る。
浅……葱さん……。
逃れようとしていた体から徐々に力が抜けていく。
絡められた指からも、浅葱の強さと温もりを感じ、匠はゆっくりと目を閉じた。
“いい子だ……”
それを待っていたように、塞がれた唇から、呼吸に合わせて、少しずつ水が落とされた。
「……んっ……」
匠は浅葱の唇から水を受け取ると、小さく喉を鳴らし、コクンと飲み込んだ。
そっと唇が離されると「大丈夫か……?」優しい浅葱の声がした。
「ん……」
匠は浅葱のシャツを握ったまま小さく頷いた。
浅葱も頷き、二度、三度……同じように水を飲ませた。
匠も少しずつ落ち着きを取り戻していく。
浅葱の腕の中で穏やかに体を預け、注がれる水をゆっくりと飲み込んだ。
「匠、今までよく頑張ったな。
もう少し落ち着いたら帰るぞ」
その言葉に匠は何度も頷いた。
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