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 二人は廊下の血痕を追いながら進んでいた。

「次の角を右です」
 浅葱の後ろから深月が小声で誘導する。

 だがその手前で、浅葱は不意に立ち止まった。
 そして無言のまま、後続の深月が自分の後ろにピタリと付くのを待つと、振り向きもせず左手で合図した。
 
 “ここに居ろ”
 深月も黙って頷き、壁に張り付くように息を潜め、身を隠す。

 
 浅葱が壁に沿って音も無く出て行き、姿が見えなくなると、一人残された深月の不安は急速に大きくなった。

 ここには敵がいる……。
 ゲームなんかじゃない。
 いつ撃たれて死んでもおかしくない状況……。
 そんな所にひとり……。

 緊張で心臓がキリキリと痛むのを感じていた。
 それでも逃げ出すわけにはいかない。
 微動だにせず、ただじっと床を見つめ、全神経を周囲の音に集中させた。
 そうやって、ひたすら浅葱が戻るのを待つしかなかった。

「……ウッ……」
 どこかで呻くような小さな声がして、深月はビクン。と身を震わせた。
 ケースを抱えた腕に力が入る。
 
 早く……早く……。
 浅葱さん……早く戻ってきてください……!

 その時間は深月には果てしなく長く……まるで時が止まったほどに思われたが、実際には、ほんのわずか数分の出来事だ。

 浅葱は出た時と同じように、静かに戻ってくると、深月の不安など気にも留めず「行くぞ」とだけ声を掛け、また進み始める。
 深月は置いて行かれまいと、慌てて浅葱の後を追う。
 廊下の脇にはゴロゴロと数人の男が倒れていたが、銃で撃たれた形跡はなく、全員が絞め技で堕ちていた。


 それからも何度となく浅葱は一人で出て行き、静かに敵を制圧して戻ってきた。
 そうしてどれくらい進んだだろうか――
 廊下の景色が一変し、両側にズラリと扉が並ぶ一角に出ていた。

「……あの扉です。
 あの部屋に血痕が続いています……」

 両開きの扉を指差し深月が言った。
 小さく頷く浅葱は、先程と同じように扉の前で銃を構え直す。

 そして、そっと扉を開いた。

 そこも薄暗い部屋だった。
 床はタイル張りで、敵の気配はない。
 前の倉庫にはあった防犯カメラらしき類も、ここには見当たらなかった。
 どこかで何かがピーピーと鳴る機械音だけが響いている。

 部屋の中央には大きな銀の台があり、その周囲にも作業台らしき物、棚には薬品、器具などが整然と並んでいる。
 台を直接照らす照明もあり、一見そこは、古い昔の手術室のような印象だった。

 その台の上に白い布を掛けられた何かがあった。
 周囲を警戒しながらゆっくりと台へ近付いて行くと、その布の上部から、人間の髪らしきものが見えている。
 浅葱が思わず走り寄った。

「……匠……?」
 布を少しだけずらした。

 そこにはこちら側……扉の方を向いて横向きになり、腕を曲げ、その腕の中に顔を隠すようにして小さくうずくまる匠がいた。

「……匠……匠! ……おいっ!!」





 部屋の外で人の気配がしていた。
 老人ではない人の気配……。
 またあの男なのか……。
 そして扉が開かれ何者かが入ってくる……。
 それだけで闇の中にいる匠が、発作を起こすには十分だった。

 呼吸が荒くなり発作が起きる。
 指先に付けられたセンサーがピーピーと小さく鳴っていた。


「匠……匠……!!!」
 呼びかける浅葱の声に反応は無い。
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