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 老人を前にしたままエレベーターを降りる。
 意外にも人影はない。
 そこは複雑な空間だった。

 濃いグレーの、毛足の短い絨毯が敷かれた廊下が幾筋も伸び、ポツポツと間接照明があるだけで、そのどれもが薄暗い。
 玄関ホールにでも出られれば……そう思っていたが、そこは窓も扉も無く、想像とは全く違う、まるで迷路のような景色だった。
 しかも、地下にはあれだけの人数が居るにもかかわらず、地上はまるで廃墟のような静けさ。
 ここが普通の建物でない事は明らかだった。


「出口はどっちだ……」
「真っ直ぐ行って……左ぃ……」

 絨毯の廊下は足音を消すには都合が良かった。
 姿さえ現認されなければ、後から追ってくるだろう男達にも見つかり難い。
 だが、老人は恐怖の為か、全く自分で歩こうとしなかった。
 匠が引き摺るようにして連れて行くが、抵抗し暴れる体が胸を圧迫する。
 普段なら易々と抱えられそうな小さな老人が、今の匠にはひどく重かった。

 正面の角を左に折れ、踊り場のような一角に出ると、そこからまた四方に通路がある。
 本当に迷路のようだった。

「クソッ……っ……」
 匠の腕にも脚にも限界がきていた。
 しばらく壁に寄り掛かり呼吸を整えた。 
 
 急がなくては……。
 頭では判っているが、次の一歩が踏み出せない。

 左腕には替えられたばかりのパックから、未だに薬が滴下されている。
 ここで針を抜かなければ、出口までは無理だ……。
 そして何よりも、全身を襲う苦しさを止めたかった。

「おい……とりあえずこの腕の針を抜け……。
 それから、このまま出口まで案内しろ……」
 そう言って、老人の首に回した右腕に力を入れる。

「ゥグッ……」
 老人が潰れた声で呻いた。
「はやく……しろ……」
 ハサミを握った左腕のローブの袖を捲り上げ、老人の前に突き出した。

「ウッ……! ……ら、乱暴はするな……やめてくれぇ!!」
 匠の腕から逃げようと抵抗し声を上げる。

「うるさい! ……黙れ! ……腕の針を抜けと言っているんだ……!」
 その迫力に老人はビクンと跳ねた。

「む、無理だ……ここでは……。それを抜くには、ちゃんとした器具が要る……」
「じゃあ、薬だけでもいい……。止めるんだ」
「わ……わかった……。わかったから手荒な事はせんでくれ……」
 老人が恐る恐る匠の腕に手をかける。


 その時だった。


「そこまでだ、先生を放してもらおうか」

 あの男の声がした。
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