190 / 199
- 189
しおりを挟む
ラウは冷たく微笑むと、苦しさに首を垂れたガルシアの顔をグイと上向かせる。
「……その時の医師は、私達を助けるために、二人の死の責を負うという名目で自ら城を出て、身を隠すために医師を辞め薬師になった。
でも母は……元々、苦労知らずの王妃ですからね……。
侍女の一人も居ない街での暮らしは、相当辛かったと思います。
貴方に裏切られたショックと心労で、私が2歳の時に亡くなりましたよ。
その後、薬師は私を養子として育て、私は6歳の時に全てを知らされた。
『お前は正当な王の血を引く皇子だ。いつか現王の跡を継いで王になれ』養父は口癖のようにそう言い、私は厳しく育てられました。
普通の街の子が、一生知りもしないような剣術、乗馬、帝王学……」
「それで……お前の乗馬は……。
ただの使用人が……オカシイと思ったんだ……。
あれは平民の、農耕馬の乗り方ではない。貴族の乗馬だ。
それに、その非の打ち所の無い完璧なまでの立ち居振る舞い……」
ナギがポツリと呟いた。
あの馬駆けの日、ナギの抱いた “違和感” のひとつがこれだった。
「殿下、細かい所まで見られていたのですね……。
『内情を知るために、城で働きたい』そう私が養父に申し出たのが10歳の時。
それまでは毎日のように、剣や乗馬、作法……。徹底的に教え込まれましたから。
まさか、その城で……。
たった10歳で、実の父親の慰みものにされるとは、思いもしませんでしたが」
そう答えるラウの腕の中で、ガルシアの体の力が抜けていく。
蒼白の顔で、今にも倒れそうにズルズルと膝を折っていくのをラウが乱暴に引き摺り起こすと、腹に新たな血が湧き出し、ガルシアは痛みに呻いた。
「痛みますか? 私の話は長すぎますか?
でも私にも、27年間の積もった恨みがあるのですよ。
それを聞いて貰わなければ……。
何も知らないまま、何の後悔もしないまま、ただ静かな安楽の死を貴方に与えるわけにはいかないのです。
それに……。
貴方がシュリに与えた痛みは、こんな物ではないはずだ。
手を一本ずつ折りましょうか? 脚を折りましょうか? それとも、劇薬でその傷の中……灼きましょうか?」
そう言うとラウは、抱き寄せたままのガルシアの首元に剣を突き付けた。
「この剣が、炎で真っ赤に熱せられていないだけでもありがたいと……そう思って下さい」
ガルシアを見つめるラウの顔は、氷のように冷たく静かだった。
「貴方が痛みに耐えなければならない時間など、シュリのそれに比べれば、ほんのわずか。どんな苦痛があっても、もうしばらくの辛抱です」
ガルシアの首に、ツ――と赤い筋を引きながらラウの腕がゆっくりと動く。
「……ン”ッ!」
「これは亡き母からの挨拶代わりとでも思ってください。
逝くときは、この母の形見の剣で送って差し上げますから。
それよりも……苦しいのが嫌だというのなら……今ここで、すまなかったと泣いて謝罪しますか?
そうすれば、少しは考えない事もない」
すでに虚ろな目でラウを見るだけのガルシアだったが、それでも最後の剛毅なのか、グッと唇を噛み締め、わずかに首を振った。
「そうですか……。
この期に及んでその意地は、さすがとしか言えませんね。
まぁ、今更謝罪など、母も嫌がるでしょうが……。
どちらにしても、貴方は私の腕の中で苦しみながら逝くのです。それが17年前の、私の決意ですから」
「17年も……」
ラウはその声の主、ナギに向かって顔を上げた。
「ええ。私は10歳で実の父親に犯され玩具にされた。その後、この脚の自由も奪われた。その時に私は決めたのですよ」
ラウの視線が、再び腕の中のガルシアに戻される。
「貴方のカラスになると……。
忠実な従僕を完璧に演じ、貴方の一番側にいて、貴方の一番の信用を得て、最後の最後に……。
絶望の淵に追い落とし……この手で、殺してやると」
ラウは、ただじっとガルシアの瞳を見つめる。
たったひとつの、この決意を持って……。
その冷たい視線に貫かれたガルシアの目が、虚ろだったその目が大きく見開かれ、何かを発しようと唇がわずかに動く。
それが万が一にも、謝罪や命乞いでないことは、そこに宿る激しい怒りの炎を見れば明らかだったが、もう既にそれは、声にすらならなかった。
「そろそろ限界のようですね。
では、ここでお別れです。
……さようなら、父上……」
ラウの腕がゆっくりと動き、ガルシアの短い叫びと共に鮮血が辺りを染めた。
「……その時の医師は、私達を助けるために、二人の死の責を負うという名目で自ら城を出て、身を隠すために医師を辞め薬師になった。
でも母は……元々、苦労知らずの王妃ですからね……。
侍女の一人も居ない街での暮らしは、相当辛かったと思います。
貴方に裏切られたショックと心労で、私が2歳の時に亡くなりましたよ。
その後、薬師は私を養子として育て、私は6歳の時に全てを知らされた。
『お前は正当な王の血を引く皇子だ。いつか現王の跡を継いで王になれ』養父は口癖のようにそう言い、私は厳しく育てられました。
普通の街の子が、一生知りもしないような剣術、乗馬、帝王学……」
「それで……お前の乗馬は……。
ただの使用人が……オカシイと思ったんだ……。
あれは平民の、農耕馬の乗り方ではない。貴族の乗馬だ。
それに、その非の打ち所の無い完璧なまでの立ち居振る舞い……」
ナギがポツリと呟いた。
あの馬駆けの日、ナギの抱いた “違和感” のひとつがこれだった。
「殿下、細かい所まで見られていたのですね……。
『内情を知るために、城で働きたい』そう私が養父に申し出たのが10歳の時。
それまでは毎日のように、剣や乗馬、作法……。徹底的に教え込まれましたから。
まさか、その城で……。
たった10歳で、実の父親の慰みものにされるとは、思いもしませんでしたが」
そう答えるラウの腕の中で、ガルシアの体の力が抜けていく。
蒼白の顔で、今にも倒れそうにズルズルと膝を折っていくのをラウが乱暴に引き摺り起こすと、腹に新たな血が湧き出し、ガルシアは痛みに呻いた。
「痛みますか? 私の話は長すぎますか?
でも私にも、27年間の積もった恨みがあるのですよ。
それを聞いて貰わなければ……。
何も知らないまま、何の後悔もしないまま、ただ静かな安楽の死を貴方に与えるわけにはいかないのです。
それに……。
貴方がシュリに与えた痛みは、こんな物ではないはずだ。
手を一本ずつ折りましょうか? 脚を折りましょうか? それとも、劇薬でその傷の中……灼きましょうか?」
そう言うとラウは、抱き寄せたままのガルシアの首元に剣を突き付けた。
「この剣が、炎で真っ赤に熱せられていないだけでもありがたいと……そう思って下さい」
ガルシアを見つめるラウの顔は、氷のように冷たく静かだった。
「貴方が痛みに耐えなければならない時間など、シュリのそれに比べれば、ほんのわずか。どんな苦痛があっても、もうしばらくの辛抱です」
ガルシアの首に、ツ――と赤い筋を引きながらラウの腕がゆっくりと動く。
「……ン”ッ!」
「これは亡き母からの挨拶代わりとでも思ってください。
逝くときは、この母の形見の剣で送って差し上げますから。
それよりも……苦しいのが嫌だというのなら……今ここで、すまなかったと泣いて謝罪しますか?
そうすれば、少しは考えない事もない」
すでに虚ろな目でラウを見るだけのガルシアだったが、それでも最後の剛毅なのか、グッと唇を噛み締め、わずかに首を振った。
「そうですか……。
この期に及んでその意地は、さすがとしか言えませんね。
まぁ、今更謝罪など、母も嫌がるでしょうが……。
どちらにしても、貴方は私の腕の中で苦しみながら逝くのです。それが17年前の、私の決意ですから」
「17年も……」
ラウはその声の主、ナギに向かって顔を上げた。
「ええ。私は10歳で実の父親に犯され玩具にされた。その後、この脚の自由も奪われた。その時に私は決めたのですよ」
ラウの視線が、再び腕の中のガルシアに戻される。
「貴方のカラスになると……。
忠実な従僕を完璧に演じ、貴方の一番側にいて、貴方の一番の信用を得て、最後の最後に……。
絶望の淵に追い落とし……この手で、殺してやると」
ラウは、ただじっとガルシアの瞳を見つめる。
たったひとつの、この決意を持って……。
その冷たい視線に貫かれたガルシアの目が、虚ろだったその目が大きく見開かれ、何かを発しようと唇がわずかに動く。
それが万が一にも、謝罪や命乞いでないことは、そこに宿る激しい怒りの炎を見れば明らかだったが、もう既にそれは、声にすらならなかった。
「そろそろ限界のようですね。
では、ここでお別れです。
……さようなら、父上……」
ラウの腕がゆっくりと動き、ガルシアの短い叫びと共に鮮血が辺りを染めた。
0
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。


塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる