華燭の城

文字の大きさ
上 下
188 / 199

- 187

しおりを挟む
「ラ……ウ……」

 驚き見つめるシュリの声に振り向きもせず、それまで微動だにしなかったラウが、左手に杖を、右手に抜いた剣を握ったまま、真っ直ぐガルシアの前に歩み出た。

「遅いぞ! ラウム!」
 ガルシアがチラリと後ろを振り返り、崖まで、もうわずかな距離しかない事を咎めるように怒鳴った。

「申し訳ありません。
 あのまま、殿下が引き下がってくれれば……と、思ってしまったものですから」

 ラウはそう言うと、ガルシアの横にスッと並び立った。

「まぁいい。こうなったからには、最初の手筈てはず通りにやるだけの事。
 全員、ここで消えてもらえ。手加減も無しだ、存分にやれ!」

「ええ、そのつもりです」

「ラウ……どういう事だ……。
 何故……お前がガルシアを守って……」

 茫然と問い続けるシュリと視線を合わせても、ラウはいつもと変わらない柔らかな微笑みを返すだけだ。

「ラウ……」

「まさか……お前は本物のカラス……」
 フラフラと立ち上がろうとしたシュリを支えながら、オーバストがポツリと呟く。

「カラス? それは何だ! どういう事だ!
 ラウム……! お前はシュリの味方では無かったのか!」

 叫ぶナギにも、ラウは顔色一つ変える事は無かった。
 ただ静かにガルシアに隷従し立っている。 

「陛下には……側近と呼ばれる私兵集団が付いている……。
 だが、我々はあくまでも表……。
 ……この城には……裏のカラスが居るという噂を聞いたことがある……。
 闇夜に紛れ隠密に行動し、常に陛下を守るカラス。
 決して素顔を晒さないゆえに、噂でしかなかった悪魔のカラス……。
 ……ラウムと言う名……まさか本物だったとは……」

「ラウが……ガルシアの……?
 でもその名は、黒髪の事だと……!
 あれは嘘だったのか! ラウ!」

 信じられないと言う風に小さく首を振りながら、シュリはラウに着せてもらったコートの端を握り締める。

 こんなにも温かいのに……。
 ラウが私に嘘……。

「…………答えろ……! ラウ!」 

「ハッハッハッ!」

 豪快な笑い声を上げたのはガルシアだ。

「人間はな、他人が隠した物ほど、探したがる。それを見つけ出そうと躍起になる。
 だから本当に隠したい物は、敢えてよく見える所にぶら下げておくのだ。
 これが真に賢い者のやり方だ。
 シュリ、お前は本当に可哀相なヤツよ。騙されているとも知らずにな。
 ラウムはワシに片脚を捧げた12の時から闇に染まったのだ。
 頭が良く、冷静で、薬にもけ、その上この美しさ。
 この頭脳も体も、最初から全てワシのモノだ」

 そう言うとガルシアは、ラウの腰に手を回し、グイと抱き寄せた。
 ラウは嫌がりもせず、反対に自らもガルシアに体を押し付けるようにして腕を回し、寄り添い密着する。

「どうだ? ワシに対してこの度胸。
 そこらの出来損ないの奴等傭兵とは格が違う!」

 ラウのこの妖猥な返し密着に益々満足したのか、ガルシアは、腰が引け動けなくなっていた自分の側近達に向かって声を上げた。
 事の次第が未だ理解できず、抜いた剣をどうすべきか迷っていた側近達は、そのガルシアの言葉に唇を噛む。

「ああ、シュリよ。ついでにもう一つ、良い事を教えてやろう。
 神国を攻め、お前をさらい、跡継ぎにせよと言い出したのも、このラウムだ。
 戦さを放棄した神国ならば、簡単に落とせるとな。
 全く、こいつの頭の良さには驚かされる。
 おかげでワシはこうしてお前を手に入れ、次期帝国の王として、皇帝の座まで昇り詰めることが出来るのだからな」

「……そんな……! 嘘だ! いい加減な事を言うな!
 ラウは……ラウは…………」

「嘘ではないわ!
 だからワシはお前に忠告したはずだ。
 “己以外、信じるな” とな」

 高笑いを続けるガルシアの横で、ラウは何事も無かったかのように、ガルシアに寄り添い立っているだけだった。
 その静かな瞳は、じっとシュリを見つめ、同情にも似た悲哀さえ浮かべている。

「そんな……。嘘だと言え……ラウ!!」
 
 叫び続けるシュリを他所に、ガルシアは勝ち誇った顔で、ラウの腰に回した腕に力を込める。

「……で? 次の策は何だ?
 お前の指示通り、わざわざこんな所まで奴等をおびき寄せたのだからな。
 策士たるお前の事だ。ここに、何か必勝の罠でも仕掛けてあるのだろう?」

「無論です、お任せください」

 

 だが、その言葉とは反対に、どこまでも静かに時だけが過ぎていく――。
 昇ったばかりの薄月も雲間に隠れ、闇に包まれ始めた湖の崖上で、ガルシアは焦れ始めていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

上司と俺のSM関係

雫@3日更新予定あり
BL
タイトルの通りです。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...