華燭の城

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 ガルシアの怒声に男は「えっ……」と小さく声を上げ振り返った。

 ナギとガルシアを交互に見る。

 だが、男に返されたのは二人共に同じ視線……。
 冷たくさげすむ氷の如き目。
 そこにはゆるしの色も、救いの色も一切無い。


「えっ……殿下が……? 私を……騙した?
 そんな……ウソだ……。ちゃんと約束を……。
 ええっ……ガルシア……陛……下……?」

 男の思考が停止する。
 一歩前へ踏み出してしまった事への強烈な後悔が男を襲う。

 そのまま頭を抱え、悲鳴に似た声を短く発すると、ズルズルと後退り、逃げ去ろうと墓地を出た所で、ナギの近衛隊に取り囲まれた。

「ヒィィィーーー! イヤダァァーーーー!」
「馬鹿が……!」

 断末魔の叫びを残して、男が引き立てられて行くと、ガルシアは小さく吐き捨てた。
 だがすぐに向き直り「まぁいい。それで?」と、薄笑さえ浮かべる。
 そのひどく余裕のある声に、ナギの方が眉根を顰めた。

 ナギは無言のまま、自分の横に立つジルの肩に触れ、他の者と一緒に墓地の外へ出るよう促した。
 だが、ジルの強く握り締めた骨張った細い拳はすでに白くなり、その目は周りの物など一切眼中に無い。
 ただ真っ直ぐに、捕らえられているシュリだけを見つめ、かたくなにこの墓地から動こうとしなかった。


 神国に何が起こったのか。
 シュリが自分に助けを求めない理由は何なのか。

 それを知るために、あの男を尋問しながら軍を進め、神国を訪ねて謎が解けた。

 すぐに引き返そうとするナギに、最初に同行すると言ったのは、シュリの父である現国王だ。
 だがそれは、余りにも危険が大き過ぎる。
 現王にまで何かあっては取り返しがつかないと、皆でなんとか説得し、思い留まらせた。
 その時、自分が行くと声を上げたのが、このジルだった。

 この老体ならば、万が一、命を失ったとしても惜しくはない、どうしてもシュリ様の元へ行きたいと願い出たのだ。
 あの時の、強い意志を持ったジルの目を思い出し、ナギはそれ以上何も言えなくなっていた。

 自分でさえ、真実を知った時には、口惜しさと悲しみと……耐え難い思いがあったのに、これから目の前で起きるであろう事に、この老人の精神が耐えられるのか……。
 シュリを大事に思っている気持ちが判るからこそ、ナギは余計に心が痛んだ。


 だが、ナギは顔を上げた。

「ガルシア、お前の出生について調べた。
 そして七人もの王妃殺し。
 それだけではない。四代目の王だったお前の父と、その後を継いだ四人の兄王達までも、次々と殺ったのはお前だろう……」

 ナギの声に側近達がざわめく。

「お前の父親は確かにこの国の四代目王だ。
 だが母親は正式な妃ではない。
 街の娼婦……それがお前を産んだ母親。
 もう50年以上も昔の事だ。
 その頃の話を知っている者を探すのは大変だったが、ようやく当時の事を覚えている婆さんを見つけたよ。
 ある女が、王の子を宿したと、ふれ歩いていた……とな……。
 お前の女嫌いは、この辺りの事情が原因か?」

 ガルシアの眉がピクリと動いたのは、無意識の反射だったのか……。

「それにだ……。 
 四代目が崩御ほうぎょし、跡を継いだ正妃の子である兄達が、たった二年で四人、次々に逝くというのはどう考えてもおかしくないか?
 まぁ、そのお陰でお前は、それまでの日陰暮らしから、アシュリー家の血を引く最後の一人として、一躍陽を浴び王になれたわけだ。
 ついでに言えば……。
 その時、お前が王座に就く事を認めようとしなかった役人、貴族……。
 どういうわけか、みんなもう墓の中だ」

「これはこれは……まだお伽話の続きですか?
 確かに、我が父も兄達も、そして妃達までも、私ひとりを残し、皆病死した。
 が、あれは確か……繰り返しこの国を襲った流行病のせいだったかな?
 それが、どれほど悲しかったことか……」

 ガルシアは大袈裟な身振りで悲嘆にくれた様子を話していたが、こらえていた思いが抑えきれなくなったのか、とうとうクック……と失笑し始め、遂には腹の底から笑い始めていた。

「いや、あれは実に愉快だった!
 しかしそれが事実だったとして、それがどうした!?
 先代も兄も妃も、ワシが殺ったという証拠はどこにある!
 そのむくろさえない今、どうやって調べるのだ?」

「そうだな。その証拠が欲しくて、我々も必死に探した。
 街にあると言われていた妃達の墓。だが、いくら調べても、そんな物はどこにも存在しない。
 そんな時にこの城の噂を聞いたよ。
 妃達の遺体は、一旦門を出た後、また秘密裏にこの城へ戻され、この崖から、その底無しの湖に投げ捨てられていると……。葬儀の日、遺体を城から運び出すのは、いつも決められた者の仕事だったらしいからな。
 その先を見た者は誰もいない。
 この湖は深すぎて死体さえ上がらないと言われているそうだし……。
 ……それが真実だろうな。
 きっと、墓の下で眠っているはずの先代王達の遺体さえも、証拠隠滅の為に処分され、もう在りはしないのだろう?
 可愛そうに……」

 ナギが悔しそうに唇を噛む。
 
「それでも……。
 初めから殺害が目的の、要りもしない妃を七人も次々とめとったのは、その妃の実家となる国を我が物とするためか?
 お前が戦わずして手に入れた七つの国は、どれも戦さの拠点と成り得る大国ばかりだ」

「確かに、死んだ妃達の国もワシが引き受けている。
 短期間であっても正式に婚姻した愛しい我が妃の国だ。
 そうする事が、のこされたワシの義務だと思うが?
 それに、この湖にそんな噂があるとは初耳だ。知らなかったな」

 ガルシアは不敵に笑う。

「病死した先代王達と妃達。その志を引き受け、ワシはたったひとりでこの国を守ってきたのだ。
 それのどこが罪なのだ?
 それにだ……ワシが神国を攻めたからと言って何が悪い?
 神国は、この帝国とは同盟も結んでいないただの小国。
 そんな国への1対1の正式な戦さで、ワシは堂々と勝利したのだ。
 なのに、殿下は何を怒っておいでなのか?
 この戦の世に、国が国を攻め落とし、領土を広げ、その国の皇子を人質として連れ帰ったとしても……さて、何が悪いのか。責められる理由が全くわからん」

「1対1の正式な……だと……!
 あれは、宣戦布告さえもない完全なる不意打ち!
 しかも神儀の日になど!! 各国からの客人さえ人質にした、卑劣極まりない行為だ! そもそも神国は……!」

 怒りで叫び続けようとするジルを、ナギが左手で静かに制した。

「……そう、だったな……」

 俯き、呟くほどのその声は、今までとは明らかに違っていた。
 力無い悔しさに包まれた声だった。

「我が帝国は、帝国内における……いわば、身内同士の争いを禁止してはいるが、それ以外ならば、各国の自主性に任せていたのだったな。
 お前が神国を攻めても、何も問題はない……。
 その国の皇子シュリを脅し連れ帰っても……その後に何をしたとしても……一向に構わん……。
 それを咎める法も無い……」

「そ、そんな! 殿下!!」
 思わずジルが叫んだ。
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