華燭の城

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「落ち着いて……。大丈夫、今は私の言う通りに」
 
 その力強い腕の中で、シュリは自らを落ち着かせるように必死に呼吸を整える。

 何が起こっているのか……。
 起ころうとしているのか……。
 これからどうなるのか……。
 何もわからない。
 
 ただもう、と同じ時は巡って来ない。
 あのささやかなラウとの時間も……。
 そんな予感だけはハッキリとあった。

 グッと唇を噛みラウを見た。

「……わかった。お前の言う通りにする」

 真っ直ぐな瞳で見上げるシュリに、ラウも頷いた。

「この館棟の一番奥に、予備の兵舎棟があります。文字通り、兵士達の仮住まいになる棟です。
 とりあえずそこへ来いと、陛下のご命令です。
 しかし、そこへ行くには棟続きではなく、一度外に出なければなりません。
 外は冷えているようなので、先に私の部屋で準備をしてから参ります」

 ラウはいつもと同じ優しい微笑みを見せ、腕の中のシュリを見つめると、もう一度強く抱き締め、そっと唇を合わせた。 
 シュリもラウの背中に両腕を回し、静かにその唇を受けとる。
 強く回した腕からも、触れた舌先からもラウの温かさが流れ込み、荒らんでいた心臓が不思議と大人しくなった。

 大丈夫だ……とでも言うようにシュリが小さく頷くと、ラウは唇を解放し、額と額を合わせて、もう一度シュリをじっと見つめる。
 そして二人は頷き合うと、また前を向いて歩き始めた。



 自室に入るとラウはシュリをベッドに座らせ、自分は奥の部屋へと入って行ったが、しばらくして戻ってきたその姿にシュリは驚いた。
 上に羽織った黒く長いコートの中……その腰に剣を携えているのがチラと見えたのだ。

「ラウ……どうして剣など……。
 殿下の軍と……戦う……つもりなのか?
 何故だ!? 
 いや、もしそうだとしても、お前は兵士じゃない!
 お前まで剣を持つ必要はないはずだ!
 どういう事だ? それもガルシアの命令なのか!?
 剣ならば私が……!」

 立ち上がり、自分の腕を掴むシュリを、ラウがなだめるようにベッドへと座らせ、自らも目の前に跪いた。

「ご心配なく。これは単に、外出時の護身用です。万が一の為にです。
 さぁ、シュリもこれを着て……」

 ラウはもう一着、腕に持っていたコートをシュリの肩に掛けた。

「私のコートですが……少し大きいですか?
 先日、雪が降った程ですから、きっと今夜も冷えます」

 ラウはシュリの体に自分のコートを合わせると、
「大丈夫そうですね……。
 陛下がお待ちです、急ぎましょう」
 問い続けようとするシュリの声を聞き流し、立ち上がった。


 
 初めて足を踏み入れた予備の兵舎棟は、ラウやロジャーの部屋がある使用人棟とは違い、建物内部まで、完全な石造りだった。
 薄暗い、誰も居ない石畳の廊下を、手に持ったランプひとつでどんどんと真っ直ぐに歩いていくラウに手を引かれながら、シュリは周囲を見回した。

 予備と言われるだけあってなのか、廊下には明り取りの窓さえも無い。
 両側にずらりと並ぶ扉の間隔のから考えると、各部屋も相当に狭いはずだ。
 ここで普通の人間が長く生活するには、お世辞にも適しているとは言えない。
 一時的に多くの傭兵が必要となる大戦時用か、もしくは、捕らえた敵兵の収容所か監禁部屋……。

 石牢があるぐらいだ。
 その程度の物があってもおかしくはない。 
 むしろそう考える方が自然だった。

 傭兵……。
 大戦……。
 ふと頭に浮かんだ言葉にシュリの胸が再び騒ぎだす。

「ラウ……。これからどうなる……。
 他国軍がこの城へ入って来て、ロジャーや他の者達は大丈夫なのか?」

 繋いだ手に力が入る。

「いくら敵対国である西国軍が居るといっても、ナギ殿下とご一緒です。
 殿下がどうされるおつもりで来られたかは判りませんが、非武装の使用人や、役人達を巻き込む戦さを仕掛けるとは考えられません」

 確かにラウの言う通りだった。
 他国が攻め入って来たのとはわけが違う。
 
 自分やガルシアがどうなるのか、それは見当もつかなかったが、使用人であるラウやロジャー達に危険が及ぶ事はないはずだ。


 そして廊下の突き当たり、両開きになる大きな扉を開けると、ラウはシュリに中に入るように促した。
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