華燭の城

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「わかっている……」
 シュリがポツリと呟く。

「では、ここに刻まれていた魔は、ロジャーの純粋で真っ直ぐな、穢れない子供の心で浄化された。
 それはかつて、貴方が穢れなき神の子として戦っていたのと同じ――。
 ……そうは思えませんか?
 それとも、神の剣を持たないロジャーではダメですか?
 虚礼に過ぎないと、そう思われますか?
 貴方の ”神としての信仰” とはそんなものですか?」

「わかっている……。
 わかっているんだ、本当に……。
 私もロジャーに救われた……そう思っている」

 シュリはグッと左腕に力を入れ、ラウを抱き寄せた。

「だからこうして、お前を抱きしめられる……。
 でも……これが私の身体にある事は、もう消す事のできない事実。
 これを見た者が、私を悪魔の紋章を持つ者として、忌み嫌うのはいい……。
 そんな事は構わない。
 だが辛いのは、これを見た者が、自分自身を責めてしまう事……。
 こんな忌まわしき物を見るに至った自分の行動に非があったのだと……自分が悪いのだと、そう思う事……。
 いくら私が “これは違う” “もう浄化されたのだ” と言っても、聞き入れはしないだろう。
 オーバストがこれを見た時の反応……。
 あれが正しい反応であり現実。
 皆が幼い頃から繰り返し教わり育ってきた “信仰” なんだ。
 それにガルシアは、戦さでこの身体を使うと言った。
 これを敵兵に晒し、恐怖の中で屈服させると……。
 その時、私は……今まで、私を信じてくれていた多くの人達を、最悪の形で裏切り、苦しめる事になる」

 シュリは抱えていた苦悩を一気に吐き出すと、辛そうに目を伏せた。
 
 じっとその言葉を聞いていたラウも視線を逸らし、悔し気に小さく唇を噛む。
 だがそれはほんの一瞬の事だった。

「シュリの気持ちも何も知らないまま……勝手な事を言って申し訳ありませんでした。
 でも、貴方を利用させるなど……。
 そんな、ガルシアの好き勝手になど、その様な事は絶対にさせません」

「……ラウ……」

「私を信じてください」

 再び真っ直ぐに、ラウが自分を見ていた。



 窓の外で風が鳴る。
 暖炉の薪がパチパチと静かに爆ぜる。

 しばらくしてシュリは、ふっと身体の力を抜き、微笑み小さく頷いた。
 
 初めてこの城に入った時から、何も変わってはいない。
 この風の音も、暖かな部屋も、この真っ直ぐに自分を見つめてくる優しい瞳も……。

 ラウ……。
 お前の言葉ならば信じよう、信じられる……そう思った。

 何の根拠も、確証も無い。
 その結果が、自分の意に反した物にしかならなくても、どんなに辛い現実があったとしても、ラウを信じる。
 それだけは揺るがない。

 自分が心から愛した男なのだから……。

「……ラウ、ありがとう」
 
 柔らかなシュリの微笑みに、ラウも小さく頷き、押さえていたシュリの手を解放する。
 ラウはその手でそっとシュリの頬に触れた。

「……傷も塞がってきています。でもまだ油断はいけません。
 毎日消毒をして、薬を塗って……。
 ああ……あと、新しい薬……。
 そこのテーブルの引き出しに入れてあります。
 前のような副作用はありませんが、多用はダメです。
 1日1錠で、3ヵ月分はありますから、あれが無くなる頃には、きっと今よりも良くなるでしょう」

 ラウは一度言葉を切ると視線を上げ、ベッドサイドのテーブルを示した。
 そして再びシュリを見る。

「それから……いいですか? シュリ……。
 しっかり食べて下さい。
 シュリは食が細いのだから、人一倍、気を付けなければ……」

「……ラウ、ラウ……どうした……」
 
 その声に、頬に触れていたラウの指が止まる。

「ラウ……? 急に、どうしたんだ? 
 まさか……。
 何か、おかしな事を考えてはいないだろうな?
 もしそうなら、絶対にやめろ!
 私のためにそんな事……絶対にするな!
 これは命令だ! いいな!!」

 その必死さにラウが微笑んだ。

「ええ、わかっていますよ、シュリ。
 そんな馬鹿な事はしません。本当にシュリは心配症ですね」
  
「心配症なのはお前だ……。
 私は大丈夫だ。ラウこそ、たくさん食べて早く風邪を治さないと」

「……そうですね」

 ラウの手が愛しむようにシュリの頭を撫で、肩を抱き寄せる。
 そのままそっと耳元へ唇を寄せた。

「シュリ……貴方に会えてよかった」

 そう囁く優しい声に、シュリの左腕にも力が入り、強くラウを抱きしめる。


「私もだ。ラウ……愛している……」
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