華燭の城

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「少し、外にいる」
 男の話を聞き終わるとヴィルは、部屋の外に待機させていた近衛に声を掛け、男を連行させると、それだけを告げて、自分も部屋の外に出た。

 ひとりきりになった部屋で、ナギの怒りと悲しみは爆発した。
 声にならない叫びを上げる。
 誰にもぶつける事のできない自分への怒りだ。

 今思えば、思い当たる事はたくさんある。
 いつもシュリの側には、ガルシアの側近がいた。
 あれは見張りだったのだ。

 あの異常さを、どうして自分はおかしいと思わなかったのか……。
 自分はそれを変に思うどころか『お前は過保護だ』と、シュリの事を笑ったのだ。

 何も考えず、シュリの目の前で、その見張りオーバストを挑発した事もある。
 そんな愚かな自分を、シュリはどんな目で見ていたのか……。

 俺は、何て馬鹿なんだ……!

 申し訳なさと後悔で、ナギは崩れるように膝をついた。
 じっと床の一点を見つめる視界が、どんどんと揺らいでいく。

 膝に置き、きつく握り締めた自分の両手の拳……。
 シュリの手はボロボロだった……。
 どうしてもっと、きちんと問いたださなかったのか……。

 一緒に駆けた森……。
 鳥や花を見て、本当に嬉しそうに笑っていたシュリの顔。

 石牢……。 
 そんな所に居たなんて……。
 どれほど外に出たかったか……。

 そうだ……。
 あの時はもう、身体は傷だらけだったはずだ……。
 苦しかったはずなのに、あれほど穏やかに笑い、そして自分の命も救ってくれた……。
 別れの時の、あの腫れ上がった右手も、自分もまだ居た同じ城内で、ガルシアに砕かれていた。

 いや、もっと前……。
 あの受書の時はもう、悪魔の紋を灼き付けられていたのだ……。
 だがシュリは、そんな身体で、憎むべきはずのガルシアを暴漢の刃から守り、父上と呼び、次期王になると自ら宣言した……。

 何故だ……。
 何故だ、シュリ!
 そんな目に遭わされながら、何故、ガルシアを救った……?
 何故、自分に助けを求めなかった……?
 何故、俺に一言……!!

 何故……何故……何故……。
 そう呟きながら、ナギはふと顔を上げた。

 何日も一緒に居たのに、あの異常さに気付かなかった俺には、何を言っても、無駄だと思ったか?
 ガルシアが俺を狙っていたからか?
 俺を無事に国へ返すためだったのか?
 だからあれほど強く帰れと言ったのか?

 俺は、いつもお前に守られるだけか?
 俺では頼りにならないと……そう思ったのか……?

 次から次へと脈絡なく湧き上がってくる悔しさ、自分への怒りと情けなさ。
 深い闇底へ堕ちていく思考……思えば思う程苦しかった。


 その時、揺れ霞む視界に、テーブルに置かれたままの小瓶が入る。

 最後にあの男が明かした話……。
 もしあれが本当だとしたら……。

 まだだ……。
 まだ、だめだ。

 こんな事で堕ちている場合じゃない……。
 俺にはまだ、やらなければならない事がある……。

 こんな物……!
 ナギは中の一つを握り取り、壁に叩きつけた。
 小さな瓶はパリンと甲高い音と共に粉々に砕け散る。


 シュリ……。
 シュリ…………!

 俺は、お前に救われるだけの存在じゃないぞ……!
 今度は俺がお前を救ってやる!!


 顔を上げた。
 頬を伝っていたものを振り払って、立ち上がる。

 扉を開けると、廊下にはヴィルがひとり、静かに待機していた。
 扉が開くと同時に、深く腰を折り、礼を尽くし、主に頭を下げる。

「これからすぐに神国へ向かう!
 あいつも連れて行く!
 道中、まだまだ聞きたい事がある!」
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