華燭の城

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「頼む! 斬らないでくれ!!
 でも……でも……! 私が初めて皇子の身体を見た時は、もう傷だらけだった!
 本当だ! 信じてくれ!
 ガルシアが自分のナイフや鞭でやったんだ! そう言っていた!
 ……強淫もだ……!
 ガルシアは手慣れた様子で『皇子は強情で、なかなか躾ができない』と言っていた! だから……!」

「……くそ! なんでそんな事に……!」

 怒りに身を震わせるナギの声に、
「し、知らない! 私は何も!
 ああ、で、でも! 弟がどうのと……!」

 男は必死に暴露という保身を繰り返す。

 弟……。
 シュリの病気の弟か……。
 確か、ガルシアが、医師を出してくれたと……。
 また一つ、想定外の駒が増え、ナギは、今までの自分の考えの甘さにギリと奥歯を噛んだ。
 この蛮行の根は、いったいどこまで広がっている……! 

「他には!! お前が知っているのは、それだけか!!
 まだ何か隠していたら……!!」

「あ……あ……。
 ……あと、別の日にも…………」

 おどおどと上目遣いにナギの様子を伺いながら男が続ける。

「さっさと全部吐け! 別とはいつだ!」

「ああああ……貴方が……! シュリ皇子と馬乗りに出た日の夜だ!
 あの夜、また城へ呼び出されたんだ! ガルシアがすぐに来いと!
 それで私はまたあの城に、急遽……。
 わ、私だって、仕事があった! でも仕方なく……!
 あのガルシアに呼ばれたら、逆らう事なんて…………」

 馬乗りの日――
 あの日の夜と言えば、自分達がまだ城に居た日だ。
 普通に食事を摂り、普通にヴィルと談笑して、普通に過ごした……。
 まさか……。
 その時、同じ城内でシュリが……そんな事に……。

 ナギの感情は怒りを通り過ぎ、深い後悔の中に堕ちようとしていた。

 血の気を失い真っ白になる程、自分の拳を握り締め、溢れそうになる涙と怒りを必死に堪えながら、自らを鎮めようと椅子へと腰を下ろす。
 その肩にそっと、ヴィルが手を添えた。

「それで……どうした……」
 一転、静かなナギの声は殺気に満ちていた。

 逆らえばこの場で斬り捨てられる、そう確信するには十分だった。
 その恐怖に、男の思考も益々暴走を始める。

 ガルシアに裏切られた――。
 いや、最初から敵国のガルシアなど、信じた自分が愚かだったのだ。
 あの高名な神の子シュリ皇子と、何の足かせもなく好き勝手に遊べるなど、今思えば、初めから甘すぎる話だった……。

 そうだ……ガルシアは最初からこのナギと手を組んでいて、帝国に反抗し続ける我が西国に攻め入る口実を作らせる為に、自分はうまく騙されたのだ……。
 
 そうだ、それしかない……。
 もしそうならば、そろそろガルシア軍も、この屋敷に踏み込んでくる頃なのでは……。

 このナギの横に仁王立ち「まんまと引っかかったな」と……。
「お前ほど馬鹿なヤツは居ない」と、あの傲慢に満ちた顔で笑いながら……!
 
 そうなれば、シュリを弄んだ事も、自国軍の情報を横流しした事も、全て自分ひとりの罪にさせられる……。
 あの悪魔の紋章さえも……!!

 今にも張り裂けそうな心臓でチラと上げた視線の先、目の前には、変わらない殺気を宿した帝国皇太子が鋭く睨みつけている。

 恐怖と怒り、そして絶望。

 全ておしまいだ。
 もう逃げられない。
 そう悟った男は震える唇で最後の一手に出た。

「あ、あの……全部話したら……助けては……もらえないだろうか……。
 ガルシアの事でも何でも、知ってる事は全て話すから……その……取引……というか……」


そして男は大人しく経緯を語り始めた。

「あの馬乗りの日だ……。
 ガルシアが私に、拷問用の道具を持って来いと連絡をしてきた。
 前に使った劇薬も必ず持って来いと……。
 急ぎ、私が出向くと……ガルシアは馬乗りから戻って来たばかりの皇子を、石牢に呼びつけ、ナギ殿下貴方と結託して、あの城から逃げる気だったのだろうと……そう言って掴みかかった……。
 それでも皇子は、そんな事はしていないと……。
 ガルシアが皇子の右手を砕いても、認めなかった」

 右手を……砕いた……。
 ナギの脳裏に、あの帰国の日に見たシュリの痛々しい手が浮かぶ。
 
「だから私は、暴力は止めた方がいいと……。
 ……そうだ! 私は必死に止めたんだ! あのガルシアを!
 殿下だって……! 貴方だって、あの城で殺されるかもしれなかった!
 それを私が止めたんだ!
 ガルシアは貴方も殺ってしまえばいいと言っていた!」

「俺の事はいい! シュリの事を話せ!」

「ヒィッ!」
 男が小さく飛び上がる。

「わかった……! 話すから!
 それで……か、代わりに……暴力の代わりに私は……自分の自白剤を使って皇子を尋問して……。 
 それで、皇子はシロだと判ったんだ!
 私はシュリ皇子を救いたかった!
 だが、それでも、ガルシアの怒りはおさまらず……。
 ……その……私の道具で…………」

 男がゴクリと唾を飲む。
 そして酷く震えながら俯き、膝の上に置いた拳を握り締めた。

「……お……皇子の体に……」

「……体に? シュリにこれ以上、何をしたって言うんだ!」

「……針と薬で……。
 …………”召魔……滅神”……の紋章を……灼き付けた…………」
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