華燭の城

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「オーバスト、構わん」

 シュリを止めようと動いたオーバストを軽く左手で制した後、ガルシアは、シュリに自分の胸ぐらを掴ませたまま、向き直った。

「……で、シュリよ。
 ワシを掴み上げ、ここから残った右手だけでどうする気だ?
 砕けた手でワシを殴るか? それとも斬るか?
 お前の大事な剣はあそこにあるぞ?」

 ガルシアの視線が壁にズラリと掛けられた宝剣に向く。
 その一番端に、自分の双剣が……国から連れ出された日、奪われたままになっていた自分の剣が掛けられていた。

「さあ、やれるものならやってみろ。
 早くしないと、こちらも使えなくなるぞ?」

 ガルシアの手が、自分の胸元を掴むシュリの左手を覆うようにガッシリと握り込む。
 ギリと音を立て骨が軋む感覚……。
 それは右手を握り潰された時と同じだった。

「……ンッ……!」
「シュリ! やめるんだ!」

 止めたのはラウの声だった。

 シュリの怒りの意味は判った。
 だが、だからといって、もうどうしようもないのだ。
 今更、シュリがかばってみても、ヴェルメは生き返りはしないし、そのために、これ以上シュリが傷を負う必要もない。

「ラウムはああ言っているぞ? どうする?」
 ガルシアの手に力が入る。

「お前の事だ……。
 今、残っている者……あのヴェルメの息子も、その一族も、全てを粛清の対象にしているのだろうが、その者達に、もうこれ以上手を出すな!
 命も財も……何一つ奪う事は許さない!」

「ほう……。
 自らここへ乗り込んで来たのはそのためか?
 印を刻まれ、これだけの傷を負わされながら、まだ人の心配をするとは、見上げた根性だな。
 その気概に免じて、他の者への処分は止めてやっても良いが?」

 その言葉にシュリの瞳がクッと開かれる。

「お前を襲ったと言う事は、直接ワシに手を出す勇気は無いようだしな。
 父親に似て、どこまでも腰抜けなヤツよ。
 それに……お前のこの印。
 あの小心者の息子にも、もう見せたのだろう?
 どうであった? 驚いたか? 恐怖に泣き叫んだか?
 地に這いつくばり許しを乞うたか?」

 ガルシアは楽しくてたまらないとでも言うように、クックと笑い出す。

「ならば、ワシが簡単に殺ってしまうより、お前のこの魔に、一生呪われ続けると恐怖しながら、最下層で細々と生き永らえさせるのも面白い。
 シュリよ、お前も良い下僕が手に入ったではないか。
 あの息子はもう、お前に頭が上がらぬぞ? よかったな」

 ガルシアはシュリの左手をギリギリと締め上げながら、嬉しそうに嗤った。

「……ンッ……!
 そんな事は……させない……。
 だが……今の言葉……忘れるな……」

 痛みに顔を歪ませながら、シュリもガルシアを睨み付ける。
 二人の視線が交錯し、誰も言葉を発しない静寂の時。

 その凍り付いた空気の中に、シュリを見つめていたガルシアが突然、熱い息を吐いた。

「ああ、本当に、お前の苦痛に歪むその美しい顔は、何とも言えずワシをそそる……。見れば見る程、我慢ができなくなるわ……来い……!」

 ガルシアは薄い唇で笑うと、シュリの左手を握ったまま、引き摺るようにして部屋の中央まで行き、いつも酒を飲んでいるテーブルの上へ、乱暴に引き倒した。
 
 ソファーと対になった巨大なテーブルの上に、仰向けで倒されたシュリは、その衝撃に呻く。
 そのまま覆い被さるように押さえ込まれ、呼吸もままならず、左手も掴まれたままで、身動きさえとれない。

 ラウの上着は反動で床に落ち、破れたシャツが露わになっていた。
 ガルシアは、肩で喘ぐそのシュリのシャツをも引き剥がす。

 明るい部屋の電灯の下に晒け出されたシュリの傷だらけの体。
 そしていびつな縫合の隙間から、じわじわと血を吐き出すあの印。

 オーバストは思わず息を呑んだ。

「……召……魔……。
 …………。
 …………ウッ……」

 無意識に口元に手をやり、一歩後退った。
 その反応を見て、ガルシアは満足の笑みを浮かべた。

「シュリ、見るがいい。
 さすがの大佐殿も、お前の魔には敵わぬとみえる」

「……っ……」

 ガルシアは、悔しさに唇を噛み締め、強く目を閉じたシュリの両手を、片手一つで易々と押さえつけると、オーバストに見せつけるようにして、首筋に舌を這わせる。

「お前の方からこの部屋に来たのだ。頼みも聞いてやる。
 その代わり……わかっているな」

「……ンッ……!」
 身を捩るシュリの脚を、ガルシアの膝がテーブルに押しつける。

「そうだ。お前もこの先、一国の王となるならば、一つ良い事を教えておいてやろう」
 首から這い上がったガルシアの舌が、シュリの耳の中でうごめきながら囁いた。

「他人の事など放っておけ。
 他人の為に、神に祈って何になる。
 神などあがめるがために、こうやって自分の首を絞める事になるのだ。
 それを愚か者と言う。
 よく覚えておけ。……己以外、誰も信じるな」
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