華燭の城

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 自分の前に跪き、ガタガタと震えていたヴェルメの姿が鮮明に蘇る。

 あの時、ヴェルメは、すでにこうなる自分の終焉しゅうえんを、予想していたのかもしれない。
 シュリの言葉に頷きながらも、ガルシアが自分を許すなど、そんな事があるはずがないと……。
 なんと甘い皇子だと……。
 内心呆れ、絶望の淵でそう思っていたのかもしれない。
 シュリは自分の判断の拙劣せつれつさに唇を噛んだ。

「すまない……」
 その言葉しか出てこなかった。

「……すまない……だと!?
 うるさい! 今更、謝られてどうなる! もう父上は戻って来ない!」

 男はシュリに馬乗りになったまま床へ突き倒すと、腹や胸、腰……手の届く場所なら、どこでも構う事無く、闇雲に殴り続けた。

「……グッッ……!
 ンァッ……ンッ……!!」

 だがシュリは、反撃はおろか、抵抗さえしない。
 ただじっと黙り、人形のように殴られ続ける。
 収まらない怒りに叫ぶ男の声は徐々に遠くなり、ロジャーの泣く声と、雨音だけが妙に鮮明に聞こえていた。

 ……ふと、胸に何か温かいものの感覚がした。
 傷が開いたのだろう……と思った。
 胸から流れ出したそれは、脇腹を伝い背中へと流れていく。

 だがそれに驚いたのはシュリではなく、殴っていた男の方だった。
 道具を……刃物で切りつけているわけでもないのに、いきなりシュリの白いシャツに、じんわりと血が浮き出たのだ。
 しかもそれは、何かの形をかたどるように……。

「……血……?」

 思わず自分の手を見た。
 そしてシュリに跨ったまま、困惑の中で乱れたシャツを腹から捲り上げた。
 そこにあった無残な傷の数々。

「……! ……な……何だ……これ……」

 自分が殴った物ではない。
 それは、斬られたようなもの。灼かれたようなもの。
 そして無数の鞭疵……。

 それらがシュリの透き通る肌の、腹にも腰にも……捲ったシャツから見える限り、体中無数にあった。
 その時、初めて男はシュリの右手に巻かれた包帯にも目を遣った。
 それは神の子として、皆からあがめられ、いつも美しい笑みを浮かべるシュリとは余りにも程遠い、痛々し過ぎる姿だ。

「何だ……この傷……。
 何で……どうして……こんな……」

 驚いた男がシュリのシャツを乱暴に引き裂く。

「やめっ……!」
 咄嗟に体を捩り、左手で傷を隠したシュリだったが、もう手遅れだった。


 現れたのは、あの悪魔の紋章。

「……ヒエッ……ヒィィィィィーーーーーーー!!」
 途端に男はシュリの身体から飛び退った。

「あ……ああ、、、悪魔だ! 悪魔の……召魔の紋だ!!」

 薄いランプに照らされたシュリの白い身体に、はっきりと浮かび上がる血で描かれた召魔滅神の印。
 
 ハァハァと肩で息をするシュリの呼吸に合わせ、それは、まさに今、目覚めたようにゆっくりと血を吐く。
 体に残る傷痕は、その魔を称え彩る禍々まがまがしい紋様のようにも見える。

 それ以上は声にもならなかった。
 なにか口をパクパクとさせ、腰を抜かしたのか、床に座り込んだまま、男は必死にその場から逃げようと尻で後退る。
 他の二人も、そしてロジャーも、シュリの傷に驚き、怯え、ただじっとそれを見つめるだけで、誰ひとり、動けなくなっていた。
 恐怖という冷たい空気が張り詰める。



「誰かいるのか!」

 その止まった時間を再び動かしたのは、ラウの声だった。
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