華燭の城

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 執務棟の重い扉を開けると、冷い風が勢いよく吹き込んでくる。
 その冷たさで、無意識のうちに力の入った筋肉が収縮し、傷がドクンと痛み、眩暈と頭痛を引き起こす。

 それでもシュリは歩き続けた。
 向かっていたのは城裏の墓地。

 ラウが教えてくれたあの小屋の、マリア像に祈りたかった。
 滅神の印をその身に刻んだ事を、ただただ懺悔し、赦しを乞いたかった。
 まだそれが赦されるのなら……。
 そして、以前のような気持ちで、またラウに触れる事ができたなら……。

 前回、この石畳を通った時はラウと一緒だった。
 『ピクニックに行きましょう』と、隣でラウが微笑んでいた。
 両手にランチを詰めた袋を抱え、一緒に……。

 ラウ……。

 頬にツ――と涙が伝う。
 それを留めるようにシュリは足を止め、暗い空を見上げる。

 低く垂れ込めた黒雲が風に流され通り過ぎていく。
 だがそれには終わりがない。
 次々と湧き出る雲が、どこまでも続くだけ……。


 しばらくしてシュリはふと我に返った。
 遠くで馬の声が聞こえていることに気が付いたのだ。
 自然とその方へ足が向き、厩舎の前に立った時、一際大きな低いいななきを聞いた。

 レヴォルト……。

 厩舎の一番奥にその黒馬は居た。
 シュリが来るのが判っていたかのように、じっとこちらを見つめている。

「レヴォルト、元気だったか?」

 その黒い瞳に引き寄せられるように側に寄り、指先でそっと首筋に触れた。
 レヴォルトはそれに応えるように、静かにシュリを見ていたが、左右の耳はクルクルと動き続ける。

「……私の事を心配してくれているのか……」
 そう呟くとシュリは、その場に崩れるように膝を付いた。

 酷く疲れていた。
 この馬で森に行き、花や湖を見たのは……あれは夢だったのかと思う。
 あの日、レヴォルトが城へ戻る事を拒んだのは、こうなる事が判っていたのだろうか……。

 お前と、ここを出て行けたらどんなに……。

 俯き座り込んだシュリに寄り添うように黒馬は脚を折り、ゆっくりと体を横たえる。
 鼻面を摺り寄せ、自分の背へ乗れとでも言うように、一度だけ後ろへ首を振った。 

「……。
 ……ありがとう……。
 でも…………ダメなんだ…………」

 大きな馬体にすがるように、シュリはその体を抱きしめる。
 静かに風の音だけが流れていた。




「……リ様!? シュリ様ー!」

 レヴォルトの体温と鼓動を感じながら目を閉じていたシュリは、厩舎の入り口で自分を呼ぶ声に目を開けた。
 振り返るとロジャーが自分を見つけ、大きなバケツを下げたまま、手を振り走って来ている。
 咄嗟に立ち上がったシュリの中に “来るな” と思いがよぎる。

 ……ロジャー……やめろ……。
 
 満面の笑みで走ってくるその子は、あまりにも純粋無垢で美しい。

 来るな……。
 来ないでくれ……。
 私に触れてはいけない……。

 だがそんな思いが届くはずもない。
 ロジャーは走ってきた勢いそのままに、シュリの真正面からガバッと抱きついたのだ。

「……!!」
「シュリ様!! また会えた!!」

 ぎゅっと抱きしめる非力な子供の温かさが、シュリの身体に伝わっていく。
 
 それはシュリの記憶の中の、もう遠い遠い昔。
 神国での幸せな日々に、弟のジーナが抱きついてきた時と同じ温もりを持っていた。

 両腕で抱きしめ返してやりたい衝動と、自分への嫌悪で、シュリの左手は宙に浮いたまま、何も出来ず動けなかった。
 そしてやっと、
「……ロ……ジャー……今日は……ここの仕事か?」
 それだけを発した。

「うん! ……じゃない……はい! 今日は馬小屋の掃除!!」

 屈託の無い笑みがシュリを見上げていた。
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