149 / 199
- 148
しおりを挟む
ナギが帰った翌日……あの凌辱の日から、ガルシアとシュリの公務は忙しさを増した。
受書式でのシュリの美しさが諸国に知れ渡るにつれ、その反響は想像以上に大きく、謁見待ちの各国の首脳陣達が続々と列を成したのだ。
だがまだ右手が使えないシュリは、あまり表には出ず、いつもガルシアの一歩後ろで、静かに控えていた。
その姿からガルシアは、まさしく “神の子を心服させた王” “神の父となった王” として、その名声は上がって行く一方だった。
そしてシュリは、あの日以来、ほとんど食事を摂らなくなっていた。
謁見や宴での立ち振る舞いは、今まで通り気品に満ち美しかったが、その微笑みは、凛とした中にも儚さを併せ持ち、見る者の心を奪い、期せずしてシュリは神の化身として、益々、神格化されていった。
「おはようございます、シュリ」
ラウが部屋に食事を持って行くと、シュリはベッドの上に座ったまま、じっと一点を……自分の右手を見つめていた。
声を掛けても全く動こうとはせず、挨拶も返ってこない。
ここ数日、シュリはずっとこの状態だ。
心が剥離した人形のように食事も満足に摂らず、公務以外の時間は、ただこうしてベッドに座っている。
ラウは黙って近付き、ベッドの横に跪くと、そっと右手に触れた。
「まだ熱を持っていますね。
あとで包帯を変える時に、何か冷やすものを……」
「ラウ……」
シュリがぽつりと呟いた。
「……何ですか?」
尋ねてはみても、シュリの口からは、それ以上何も聞こえてはこない。
「……シュリ……朝食が出来ていますよ。
何かお召し上がりにならなければ……。
出血は止まっても、まだ血は足らないのですから、お食事が無理なら、飲み物だけでも……」
その声にシュリはゆっくりと首を振る。
このやり取りも、もう何度目かわからない程だ。
ラウは小さく息を吐き、シュリを見つめることしかできなかった。
風が出てきたのか、窓のガラスが小さくカタカタと鳴る。
「ラウ……あの薬を……くれないか……」
その音に顔を上げたシュリが小さく呟いた。
「またその様な事を……。
あれはもうダメだと言ったでしょう?
今、新しい物を調合していますから、それが出来るまではこちらを……」
ラウがベッド横の箱に手を伸ばす。
「前の物ほど、痛みは取れないと思いますが……」
そう言って小さな包みを差し出すラウに、シュリはもう一度静かに首を振った。
「シュリ……」
それでもその薬を、シュリの左手の中に包み込むように握らせる。
自分の手を包むラウの温かな体温。
シュリは何かを言いかけ、わずかに顔を上げたが、またその言葉を呑み込んだ。
そんなもどかしさの中で、ラウの手にも力が入る。
子供を諭し、言い聞かせる親のように、ラウは視線を合わせ、じっとシュリを見つめる。
「シュリ、今日、私は少し街へ行って来ますね。
神国から医師団が戻ってくる日なので、その報告を聞きに行ってきます。
食事、少しでも摂ってください。
シュリが弱ってしまっては、せっかくジーナ様がお元気になっても悲しまれます」
“ジーナ” の名に、シュリは一瞬我に返ったような表情を見せる。
「よろしいですね?
食事は昼の分も置いておきます。
夕方には戻りますから、少しでも召し上がってください」
そう言うと、ラウはシュリの手と、胸の傷の手当てを済ませ部屋を出た。
その長い廊下の少し先に黒服の男が立っている。
自分を監視する男だ。
あれからもずっと、ラウに対する監視は続いている。
日替わりで人が代わる事から、側近を交代番にしてまで見張るつもりらしい。
そして相手も、もう慣れたものだった。
隠れるわけでもなく、堂々と廊下で待つその姿に、ラウの眉間にシワが寄る。
「まだ私を見張っているのか?」
すれ違い様にラウが冷たく尋ねても、職務に忠実なのか、何も答えはしない。
チラリと視線で見返すのみだ。
「今日はひとりで街へ出る。
陛下にも許可はいただいている。
ついて来るなら勝手にすればいいが、そんな暇があったらシュリ様の護衛をしろ」
苛立ちの中で吐き捨てるようにそう言い、背を向けて歩き出したラウの数メートル後ろを男が無言で追った。
受書式でのシュリの美しさが諸国に知れ渡るにつれ、その反響は想像以上に大きく、謁見待ちの各国の首脳陣達が続々と列を成したのだ。
だがまだ右手が使えないシュリは、あまり表には出ず、いつもガルシアの一歩後ろで、静かに控えていた。
その姿からガルシアは、まさしく “神の子を心服させた王” “神の父となった王” として、その名声は上がって行く一方だった。
そしてシュリは、あの日以来、ほとんど食事を摂らなくなっていた。
謁見や宴での立ち振る舞いは、今まで通り気品に満ち美しかったが、その微笑みは、凛とした中にも儚さを併せ持ち、見る者の心を奪い、期せずしてシュリは神の化身として、益々、神格化されていった。
「おはようございます、シュリ」
ラウが部屋に食事を持って行くと、シュリはベッドの上に座ったまま、じっと一点を……自分の右手を見つめていた。
声を掛けても全く動こうとはせず、挨拶も返ってこない。
ここ数日、シュリはずっとこの状態だ。
心が剥離した人形のように食事も満足に摂らず、公務以外の時間は、ただこうしてベッドに座っている。
ラウは黙って近付き、ベッドの横に跪くと、そっと右手に触れた。
「まだ熱を持っていますね。
あとで包帯を変える時に、何か冷やすものを……」
「ラウ……」
シュリがぽつりと呟いた。
「……何ですか?」
尋ねてはみても、シュリの口からは、それ以上何も聞こえてはこない。
「……シュリ……朝食が出来ていますよ。
何かお召し上がりにならなければ……。
出血は止まっても、まだ血は足らないのですから、お食事が無理なら、飲み物だけでも……」
その声にシュリはゆっくりと首を振る。
このやり取りも、もう何度目かわからない程だ。
ラウは小さく息を吐き、シュリを見つめることしかできなかった。
風が出てきたのか、窓のガラスが小さくカタカタと鳴る。
「ラウ……あの薬を……くれないか……」
その音に顔を上げたシュリが小さく呟いた。
「またその様な事を……。
あれはもうダメだと言ったでしょう?
今、新しい物を調合していますから、それが出来るまではこちらを……」
ラウがベッド横の箱に手を伸ばす。
「前の物ほど、痛みは取れないと思いますが……」
そう言って小さな包みを差し出すラウに、シュリはもう一度静かに首を振った。
「シュリ……」
それでもその薬を、シュリの左手の中に包み込むように握らせる。
自分の手を包むラウの温かな体温。
シュリは何かを言いかけ、わずかに顔を上げたが、またその言葉を呑み込んだ。
そんなもどかしさの中で、ラウの手にも力が入る。
子供を諭し、言い聞かせる親のように、ラウは視線を合わせ、じっとシュリを見つめる。
「シュリ、今日、私は少し街へ行って来ますね。
神国から医師団が戻ってくる日なので、その報告を聞きに行ってきます。
食事、少しでも摂ってください。
シュリが弱ってしまっては、せっかくジーナ様がお元気になっても悲しまれます」
“ジーナ” の名に、シュリは一瞬我に返ったような表情を見せる。
「よろしいですね?
食事は昼の分も置いておきます。
夕方には戻りますから、少しでも召し上がってください」
そう言うと、ラウはシュリの手と、胸の傷の手当てを済ませ部屋を出た。
その長い廊下の少し先に黒服の男が立っている。
自分を監視する男だ。
あれからもずっと、ラウに対する監視は続いている。
日替わりで人が代わる事から、側近を交代番にしてまで見張るつもりらしい。
そして相手も、もう慣れたものだった。
隠れるわけでもなく、堂々と廊下で待つその姿に、ラウの眉間にシワが寄る。
「まだ私を見張っているのか?」
すれ違い様にラウが冷たく尋ねても、職務に忠実なのか、何も答えはしない。
チラリと視線で見返すのみだ。
「今日はひとりで街へ出る。
陛下にも許可はいただいている。
ついて来るなら勝手にすればいいが、そんな暇があったらシュリ様の護衛をしろ」
苛立ちの中で吐き捨てるようにそう言い、背を向けて歩き出したラウの数メートル後ろを男が無言で追った。
1
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。


塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる