華燭の城

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「……シュリ……シュリ……」

 まだ痛みにうなされながら、苦し気に眠っていたシュリを、ラウは無理矢理に揺すり起こした。
 その体はまだかなり熱い。
 薄っすらと目を開けたシュリに、ナギが出立しゅったつする事を伝えると、シュリは小さく頷いた。

 左手だけで、グッと力を入れ起き上がろうとするシュリを支えようとして、差し出したラウの手を、シュリは小さく首を振って断った。

「シュリ……」
「大……丈夫……だから……」

 シュリは大きく肩で息をしながらベッドに座ると、自分の体に巻かれた真新しい包帯に目を落とし、そっと手で触れる……。
 血は止まっているのか、それは白いままだ。

「ラウ……お前が……。ありがとう……」

 そう呟くと、ラウの差し出す衣服に着替えを済ませ、渾身の力で立ち上がった。



 城の正面門にナギが出て来た時には、すでに帝国からの迎えの車列が整列し、広場には見送りの兵や役人達がずらりと並び揃っていた。

「またこんな大騒ぎにして……。
 二人だけで来たんだから、二人で帰るのに」
 
 ナギは呆れたように肩をすくめ苦笑いを零す。
 だが車列の横にシュリを見つけると、それは一気に満面の笑みになる。

「シュリ!!」
 呼びながら側へ駆け寄った。


「やはりここは、最後までこんな天気だなぁ」
 笑いながら、ポツポツと降り出した黒い空を見上げる。

「ええ。きっと別れを惜しむ涙雨でしょう」
 シュリが微笑むと、ナギもクスリと笑う。

 そこへ遅れて来たヴィルも走り寄った。

「遅いぞ、ヴィル」
「ああ、悪い。少しを探していてな」

 ヴィルがそう言いながらシュリとラウに頭を下げると、ラウも小さく会釈を返す。


「シュリ、本当にお前に会えてよかった。
 いつでも遊びに来い。
 それと、落ち着いたらまた学校へも来い、待ってるからな」

 そう言って抱擁しようと両手を広げ、一歩前に歩み寄った。
 咄嗟にシュリが一歩後退る。

「おいー、別れの挨拶だぞ? 俺との抱擁ハグはそんなに嫌か?」

 冗談めかして笑うナギに「ええ、ダメですよ」とシュリも笑みで返しながら、
「殿下、早くお車に……。雨が強くなってきました」

 そう言い、自ら車のドアを開け、追い立てるようにナギをシートへ座らせると、バタンとドアを閉めた。

「あ、おい……ちょっと待ち……」
 一方的にドアを閉められ、慌ててナギが窓から顔を出す。

 シュリはナギに微笑み、冗談めいて返事をしながらも、ゆっくりとこちらに近付いて来るガルシアの姿と、その視線に気がついていた。
 四人の仲睦まじい光景を、湿った視線で、探るようにじっと見ているひどく冷たい視線に……。

「これぐらいの雨、
 少々濡れても大丈夫だっていうのにー……」

「殿下、寄り道はせず、真っ直ぐ国へ帰ってください」

 名残惜しそうに話し続けるナギの声を無視し、シュリは早口でそう告げた。
 顔は微笑んではいるが、ひどく真剣な声だった。

「えっ? ああ……。
 でも、寄り道って……お前なぁ……俺は子供じゃないぞ?
 ……ったく、どうした?」

 ナギが車窓から身を乗り出すようにしてシュリの顔を伺い見るが、シュリは変らず、優しく微笑んで見せただけだった。

「もう……お前ってやつは。
 ……はいはい! わかったよ!
 大人しく! 真っ直ぐ! 帰ればいいんだろ?
 じゃあまたな!」

 そう笑うナギの手が、最後の握手を求め不意にシュリの右手を取った。

「……っ……!」

 反射的にその手を引く。
 だがそれは、ほんのわずか間に合わなかった。
 隠すようにしていたシュリの右手は、その時すでに、ナギの手の中にあった。

 それは白い包帯がぐるぐると巻かれ、わずかに指先が見える程度……。
 しかもそれは、普通では到底考えられないほどに腫れ上がり、かなり熱い。

「おい! シュリ……! 
 どうしたんだ! これ…………!」
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