華燭の城

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 全裸のシュリの脚を開かせると、その内腿にも同じ傷があった。
 あの小男がガルシアに渡した針で、同じ様に灼き付けられた傷だ。

 医学書によれば、灼かれた傷――熱傷は比較的出血は少ないと記されている。
 だが実際の、シュリの傷は違う。
 胸も脚も、一向に血が止まる気配がない。

 原因はわかっている。
 あの時の薬……小男が劇薬と言っていた薬のせいだ。
 あれが使われているであろうこの脚の傷も、胸と同様、このまま放置するわけにはいかなかった。

「シュリ、もう少し……」

 そう言うとラウは、その傷も洗浄し、白く薄い皮膚の内腿にもプツ。と針を通す。

「……ンッ……!」
 新たな部位での痛みに、シュリは再び体を捩った。

 シュリが体を仰け反らせると、所詮は素人の粗技でしかない縫合したばかりの胸の傷は引き攣り、縛られた悪魔が 『これを解け』 とでも咆哮するように、いびつな傷が更に歪む。

「神よ…………どうかこの方を……」

 拘束していない脚を懸命に動かし、その痛みから無意識に逃れようとするシュリを押さえつけ、ラウは針を進めた。


 窓の外から薄い陽が差し始める頃、ようやくラウはその顔を上げ、力を抜いた。
 握っていた器具を置いても尚、その手の震えは止まらない。

「シュリ、終わりましたよ……」

 そう言いながら縛っていた拘束を解き、咥えさせていた布を取ると、シュリは苦し気に一度だけ大きく息を吸い込んだ。

 血に染まった手を洗い、温めた布でシュリの身体の血と汗をそっと拭いながら、
「……シュリ……申し訳ありません……。
 全て私が悪いのです。私がもう少し……もう少し早く……」
 ラウは独り言のように呟き、頭を下げ続けた。

「……違……う……。ラ……ウ……」
 
 シュリの小さな声にラウは顔を上げた。

「シュリ……! 
 気がつかれたのですね……よかった……」

 そっと覗き込み、顔を寄せる。

「お前の……せいでは…………い……。
 ……ガルシアは…………いつか……この印を……。
 お前のせいでは……絶対にない……」

 それだけ言うと、シュリは力尽きたように目を閉じ、深い眠りに落ちていった。

 その横で、ラウもぐったりと床に座り込んだ。
 どうしようもない感情が自分の中に渦巻いていた。




 どこか遠くで扉がノックされる音――
 
 その音でラウはゆっくりと頭を上げ、広い部屋を見渡した。
 時間と場所の感覚がない。
 ほんのわずかだろうが、座り込んだまま眠っていたのかもしれない。

 そこはシュリの部屋。
 宴が始まる前の、酷く荒れた状態のままだ。
 シュリが目を覚ました時、これを見たら……。
 その前に片付けなければ……。
 辛い現実を思い出させる物は、少しでも消しておいてやりたかった。
 漠然とそんな事を考え、重い体で立ち上がろうとした時だった。

 再びノックの音で、ラウは完全に目を覚ました。

 手を伸ばし、椅子に掛けた上着を掴む。
 内ポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認しながら、ノックされ続ける扉を少しだけ開けた。

 シュリの部屋に来る者は限られている。
 そこにいたのは、やはりあのオーバストだ。

 陽は昇ってはいるが、まだ午前の早い時間。
 ガルシアがシュリを呼びつける時間ではない。

「何か……?」
「ラウム、陛下が部屋でお呼びだ」

 いぶかしむラウを他所に、オーバストはそう言った。

「私を……?」
「ああ、お前をだ、ついて来い」
 それだけ言うと踵を返す。

「あ……少し…………」
 ラウが言い返す間もなく、オーバストはどんどんと廊下を進んでいく。

 室内を振り返ると、シュリはまだ目を覚ましていない。
 一晩中、痛みと戦っていたのだ。
 もうしばらくは起きないはずだ。
 暖炉の薪も、まだ大丈夫。
 それを素早く確認して、ラウは静かに扉を閉めオーバストの後を追った。
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