華燭の城

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 もう少しです!
 頑張ってください……!

 そう言ってシュリを部屋に連れ帰ったものの、ラウには処置する手立てが何も無かった。

 大粒の汗をかき、肩で息をしながら苦しむシュリの横で、ラウは自室から運んだ医学書のページを必死に捲っていた。

 探していたのは、傷の縫合の仕方。
 そのために必要な器具と、後の処置。

 それらを一通り頭に叩き込んで、ラウは暖炉に薪を足すと、城内にある薬品庫へと向かった。
 その手には、以前ガルシアから受け取った倉庫の鍵がしっかりと握られている。

 シュリを医師に託すことができないのなら、自分でやるしかない。
 ラウはそう覚悟を決めていた。

 薬品庫には薬草や薬と一緒に、医療用の器具もあるはずだ。
 以前、城の医師達がそれらを持って出て行くのを見た事がある。
 それを使うつもりだった。

 だが、いくら薬師といえども、医者ではない自分が、医療用の器具まで持ち出すのはおかしな話だ。
 見つかれば怪しまれるだろう。

 かといって、倉庫番に事情を説明するわけにもいかず、それならばと、ガルシアに正式な使用許可を求めたところで、また交換条件だのと言い出すことは目に見えている。


 足音を忍ばせ、そっと、周囲を伺うように深夜の薬品庫に忍び寄り、持っていた鍵を大きな錠前に差し込み、ゆっくりと回す。
 ガチャリ……と低い音を響かせ開いた部屋に倉庫番の姿はない。

 ホッとしながら小さく息を吐いた。
 そもそもこんな時間なのだ、居なくて当たり前か……。
 ラウは自分の臆病さに自嘲しながら、目的の物を物色し始めた。

 中央の机に大きな金属の箱を置き、そこへ次々と目当ての物を入れていく。
 医学書にあった縫合用の針、糸、それらを扱うための器具。
 消毒液、ガーゼ、包帯、追加の薬を調合するための薬剤、薬草等……。

『持ち出した物は報告しろ』
 そう言っていたガルシアの顔が一瞬脳裏を掠め、ピクリと手が止まる。
 だが、この期に及んで、何を今更……と頭を振ってその姿を消し払い、今、考えつくあらゆる物を揃えて倉庫を後にした。

 こうしている間にもシュリが苦しんでいる。
 ……もしや、もう……。
 そんな考えがラウの不自由な足を急がせた。


 
 部屋に戻った時、シュリはまだ意識もはっきりとしないまま、蒼白の身体をベッドに横たえていた。
 首筋で脈をとり、呼吸を確かめ安堵すると、ラウは部屋にある全ての明かりを集め、傷口を照らすように並べていく。
 傷を押さえていた血に染まる布も全て取り去ると、ラウはシュリの耳元に顔を寄せた。

「シュリ、これから傷口を縫合をします。
 麻酔の薬草はありますが、この傷に効果があるのか……正直、私にはわかりません……。
 お体に……針を刺すのです。
 この部屋の声は、あの部屋とは違い、外に漏れますから、舌を噛まれない様に……少しだけ我慢してください……」

 その声に返事をする者はいない。
 苦し気に、かろうじて浅い息をするシュリが頷いたのかさえ判らない。

 それでもラウはシュリの口を開かせ、そこへ持ってきた清潔な布を咥えさせると、暴れないようにシュリの腕にも布を巻き、ベッドに縛り付けた。
 そして自分も上着を脱ぎ、シャツの袖を捲り、本を開き側に並べる。
 入念に手と器具を消毒し、準備が整うと改めてシュリを見た。

 灯りで照らされ、全裸で横たわるシュリの体。
 今までガルシアに付けられてきた無数の傷跡。
 その胸の中央で、斬られ灼かれたあの悪魔の印が、未だにトロトロと血を吐きながら、わらうようにハッキリとそこにあった。

「シュリ……」

 一度目を閉じ、意を決すると、流れ出る血を押さえ、まだ体内に残っているであろう薬を洗い流すために、傷口を指で開き、消毒液を直接、中に掛けた。

「ンッ…………!」
 シュリがその痛みに身を捩る。

 だが、手を止めるわけにはいかなかった。
 躊躇している暇はない。
 劇薬の成分が判らぬままで、この消毒液でさえ、効能としては最弱の物。
 それしか使えないのだ。
 
 震える体に何本もの薬をかけ流し、そうして洗浄が終わると、大きく深呼吸をする。
 そして医学書の見様見真似で、シュリの胸の傷口に、震える手でプツ。と針を刺した。

「……ンンッ…………!」

 シュリの体がビクンと跳ね、思わず手に持ったハサミ様の……針を挟む道具を落としそうになる。
 だが縛られているシュリの体はそれ以上動く事は無く、その声も、くぐもった呻きにしかならなかった。

 ラウは噛み締めた唇の端から細く息を吐くと、ゆっくりとその針を引き上げる。
 人体を貫通していく糸の、ズルズルという不快な感覚を手に感じながら、自身を落ち着かせるように、もう一度深く呼吸をし、再び針を刺す。

「……ンッッッ……!!」

 シュリの、絞り出すような悲痛な声にも、ラウの手は動き続けた。
 
 揺れる明かりの元でどれほど同じ作業を繰り返したか……。
 胸の糸を結び止め、ラウが顔を上げた時には、閉め切ったカーテンの向こうは、わずかに明るくなっていた。

 そして、シュリの胸に刻まれた悪魔は、いびつながらも糸で縛られ諦めたのか、ようやく血を吐くことを止めていた。
 
 ラウは自分の額の汗をグッと腕で拭うと、そのまま椅子から立ち上がり、ベッドへと上がった。
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