華燭の城

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 背中で重い扉が閉まり、広間の喧噪が一瞬で静寂に変わると、シュリの身体はグラリと揺れ、ズルズルと壁に沿いながら倒れ込んだ。

「……! シュリ……!」
 咄嗟にラウが横から支え、周囲に視線を配る。

 王族専用の廊下は、あの騒ぎの直後と言う事もあって、ヴェルメを引き連れて行ったのだろう、守護の兵も出払っているのか、静まり返っていた。

 ハァ……ハァ……
 ……ハァ…………ハァ……

 誰もいない廊下で、肩で激しく息をするシュリの苦しそうな息遣いだけが響く。
 かろうじて目は薄く開けているものの、その焦点はうつろ。
 手も顔も蒼白のままにもかかわらず、その体は服の上から触れただけでも判るほど熱く、意識の糸も途切れかけていた。

「シュリ、シュリ……!」
「……呆れる……ほどの……茶番……だ……」

 名を呼ぶラウの声は聞こえていないのか、苦しそうなシュリがひとり、何かを呟いていた。

「シュリ? 何ですか?
 ……私がわかりますか!?」

「……この国の……王になりたいだの……と……。
 …………誰が……ンッ……!」

「ナギ殿下を救うためだったのです。ご立派でした。
 ……でも今は……もうお話しにならないでください。
 傷を見せて……」

 すでに立つ事もできず、壁に寄りかかり座り込んだシュリの、漆黒の上着のボタンに手を掛けた。

「……さわ……るな……」
 その手をシュリの震える左手が押さえた。
 
「……私に……触るな……」

「……? 何を仰っているのです。
 とにかく傷を見せて下さい、部屋に戻って……」

 だがシュリは、ラウの手を押さえたまま首を振る。

「ダメだ、ラウ……。
 もう……これ以上……私に触るな……。
 ……私の血は……魔に……けがされている…………。
 お前まで……穢れてしまう……」

「このような時に何を馬鹿な事を!
 今、そのような戯言は止めてください!
 ……失礼します!」

 ラウは押し止めるシュリの力ない手を振り解き、開けたボタンから服の中へと手を差し入れた。

「……んっ……」
 シュリが痛みに小さく呻く。

 その手にヌルリと血の感覚が伝わる。
 また相当量の出血をしていることは確かだった。

「またこんなに……」

「……もう……いい……」

「何が良いのですか!
 ジーナ様の為に、生きると決められたのではないのですか!?」

「……」

「ナギ殿下だけを救って、ジーナ様はもうよろしいのですか!?
 お見捨てになりますか!」

「……ジーナ……」

「ご自分のために生きるのが嫌なら、ジーナ様のために生きてください!」


 そのままシュリは力尽きたようにぐったりと目を閉じた。
 あれほど荒かった呼吸も、もう、しているのかどうかさえも、薄暗い廊下ではわからない程弱くなっている。

「くっ……」
 
 ラウは唇を噛むと、自分の上着の内ポケットから小さな小瓶を取り出した。
 それは宴の前、シュリの部屋で拾い、ねじ込んで来た気付け薬の瓶だ。

 本来なら専用の薬液で、相当量に希釈して用いなければならないその薬の原液を、ラウは躊躇なく自分の口へと含み込んだ。
 ビリビリと痛みにも似た刺激が口内を襲う。
 それでもラウは惑いはしなかった。

 意識のないシュリの顔を上向かせると、その口を塞ぐように唇を重ね、そこから薬を少しずつ、シュリの口内へと送り込む。

 ……シュリ……お願いです。
 飲んで…………。

 わずかな量を口移しては、頬や喉に指で刺激を与える。
 左手をさすり、肩に触れ、唇端から零れる薬を指で拭いながら、ラウはそれを冷たい廊下で幾度も繰り返した。
 飲み込めなくとも、刺激になれば……わずかでも体内に入れば……。

 小さな薬瓶が空になりかけた頃、シュリの肩が一度だけ大きく上下した。

「シュリ! いい子です!
 もう少し頑張ってください!」

 ラウはシュリを抱き上げると、足早に部屋へと向かった。
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