華燭の城

文字の大きさ
上 下
136 / 199

- 135

しおりを挟む
 しかし、退くにも限度があった。
 ヨロヨロと後退あとずさるヴェルメは、自分を取り囲む群衆の輪に、背中でドンとぶち当たる。

「……ヒッ……!」

 ビクリと身を震わせ振り返ったヴェルメが見たのは、まるで自分を罪人のように、シュリに差し出そうとする腕、腕、腕……。
 自分の背中を押し返す無数の腕だった。

「……や、やめろっ……!」
「……父……上……っ……」

 その背中に、今にも泣き出しそうな心細げな息子の声が微かに届く。
 
 聞き間違うはずなど無い。
 次期王となる、誰よりも大事な我が子。
 自分を “王父” という輝かしい地位にいざなってくれるはずの愛しい子。
 そのために、金をかけ時間をかけ、育てたのだ。
 ここで終わらせては、今までの苦労が全て水の泡。

 剣を握る自分の手を見た。
 目の前にいるシュリとガルシアを見た。

 この王に、どれほど嫌味を言われようがひたすらに平服し、媚びを売り、愛息が王座に就く日だけを待ち続けてきた。

 なのに……。
 どうしてこうなった……?
 どうして……。
 どうして…………。

 渦巻く渾沌の中で、ヴェルメは再び奇声と共に剣を振り上げる。
 しかしその剣は宙で止まり、斬りつける事はおろか、下げる事もできはしなかった。
 腕を振り上げたままのヴェルメの鼻先に、シュリの剣が突きつけられていた。

「……クッ……!」

 身を固めたまま動けなくなったヴェルメの目の前で、シュリは左手の剣を、今度は払うように鋭く横にいだ。

 斬られる……!

「ヒィ……!」と小さく息を吸い、肩をすくめ、強く目を閉じた。
 だが、いくら歯を食い縛り待っていても、斬られる痛みは一向に襲って来ない。

 そっと片目を開けた。
 その眼前に、シュリの左手に剣と共に握られていた親書が開かれていた。

「ヴェルメ、よく聞け。
 これは皇帝閣下からの親書だ。
 ここに次期王はこの私、シュリ・バルド=ランフォードだと書いてある。
 閣下は私をお認めになったのだ。
 私がどこで生まれ、育とうと関係無い。
 お前ひとりが認めずとも、誰が、どんな異を唱えようとも、これはもう覆される事のない、抗う事のできない事実だ。
 次に、この剣に名を刻むのは私だ」

 シュリが今、どんな気持ちでこの言葉を告げているのか……。
 その声を聞きながら、ラウは静かに頭を下げた。

 ヴェルメの目にも、鼻先に突きつけられた剣に刻まれた歴代9名の王名と、親書に大きく押された帝国の王印がハッキリと見えていた。


「お前があの日ここで、父王ガルシアにどんな仕打ちを受けたのか、私も知っている。
 だが、お前も爵位を得る程に一度は父から信頼を受けた身。
 ならば、その爵位に恥じる行いは控えろ」

 シュリの低く響く声には、何人なんびとにも有無を言わせぬ強さと迫力があった。
 その声の主は、自分の息子よりも……今、人垣の後ろで震えている息子よりも、まだ年下なのだ。
 
 これが、一国の王となるべく……いや、神となるべくして生まれた者の天賦なのか……。
 それを改めて思い知った時、ヴェルメの振り上げていた腕が下がり、握っていた剣がカランと乾いた音を立てて床に転がった。
 震えていた膝は力なく折れ、シュリの前に崩れ落ちるように跪く。

「ヴェルメ、しばらく自邸で謹慎し、頭を冷やせ。
 そしてこれからも変わらぬ忠誠を誓え。
 これは命令だ、いいな?
 ……父上も……これでよろしいですね」

 ヴェルメの頭が、ゼンマイ仕掛けの人形のように、何度も上下にコクコクと動き、ガルシアはそんなヴェルメを見下ろしながら、傲然ごうぜんと頷いた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...