華燭の城

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 しかし、退くにも限度があった。
 ヨロヨロと後退あとずさるヴェルメは、自分を取り囲む群衆の輪に、背中でドンとぶち当たる。

「……ヒッ……!」

 ビクリと身を震わせ振り返ったヴェルメが見たのは、まるで自分を罪人のように、シュリに差し出そうとする腕、腕、腕……。
 自分の背中を押し返す無数の腕だった。

「……や、やめろっ……!」
「……父……上……っ……」

 その背中に、今にも泣き出しそうな心細げな息子の声が微かに届く。
 
 聞き間違うはずなど無い。
 次期王となる、誰よりも大事な我が子。
 自分を “王父” という輝かしい地位にいざなってくれるはずの愛しい子。
 そのために、金をかけ時間をかけ、育てたのだ。
 ここで終わらせては、今までの苦労が全て水の泡。

 剣を握る自分の手を見た。
 目の前にいるシュリとガルシアを見た。

 この王に、どれほど嫌味を言われようがひたすらに平服し、媚びを売り、愛息が王座に就く日だけを待ち続けてきた。

 なのに……。
 どうしてこうなった……?
 どうして……。
 どうして…………。

 渦巻く渾沌の中で、ヴェルメは再び奇声と共に剣を振り上げる。
 しかしその剣は宙で止まり、斬りつける事はおろか、下げる事もできはしなかった。
 腕を振り上げたままのヴェルメの鼻先に、シュリの剣が突きつけられていた。

「……クッ……!」

 身を固めたまま動けなくなったヴェルメの目の前で、シュリは左手の剣を、今度は払うように鋭く横にいだ。

 斬られる……!

「ヒィ……!」と小さく息を吸い、肩をすくめ、強く目を閉じた。
 だが、いくら歯を食い縛り待っていても、斬られる痛みは一向に襲って来ない。

 そっと片目を開けた。
 その眼前に、シュリの左手に剣と共に握られていた親書が開かれていた。

「ヴェルメ、よく聞け。
 これは皇帝閣下からの親書だ。
 ここに次期王はこの私、シュリ・バルド=ランフォードだと書いてある。
 閣下は私をお認めになったのだ。
 私がどこで生まれ、育とうと関係無い。
 お前ひとりが認めずとも、誰が、どんな異を唱えようとも、これはもう覆される事のない、抗う事のできない事実だ。
 次に、この剣に名を刻むのは私だ」

 シュリが今、どんな気持ちでこの言葉を告げているのか……。
 その声を聞きながら、ラウは静かに頭を下げた。

 ヴェルメの目にも、鼻先に突きつけられた剣に刻まれた歴代9名の王名と、親書に大きく押された帝国の王印がハッキリと見えていた。


「お前があの日ここで、父王ガルシアにどんな仕打ちを受けたのか、私も知っている。
 だが、お前も爵位を得る程に一度は父から信頼を受けた身。
 ならば、その爵位に恥じる行いは控えろ」

 シュリの低く響く声には、何人なんびとにも有無を言わせぬ強さと迫力があった。
 その声の主は、自分の息子よりも……今、人垣の後ろで震えている息子よりも、まだ年下なのだ。
 
 これが、一国の王となるべく……いや、神となるべくして生まれた者の天賦なのか……。
 それを改めて思い知った時、ヴェルメの振り上げていた腕が下がり、握っていた剣がカランと乾いた音を立てて床に転がった。
 震えていた膝は力なく折れ、シュリの前に崩れ落ちるように跪く。

「ヴェルメ、しばらく自邸で謹慎し、頭を冷やせ。
 そしてこれからも変わらぬ忠誠を誓え。
 これは命令だ、いいな?
 ……父上も……これでよろしいですね」

 ヴェルメの頭が、ゼンマイ仕掛けの人形のように、何度も上下にコクコクと動き、ガルシアはそんなヴェルメを見下ろしながら、傲然ごうぜんと頷いた。
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