華燭の城

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 剣を抜き、全身から氷の如き冷たい気を纏うシュリの姿に人の垣が割れた。
 ざわめいていた場内は、湖面に落ちた波紋のように、シュリの周囲から急速に静まり返っていく。
 その波を追いかけるようにして、シュリの前にザッ――と一気に道が開く。
 
 その光景は、あの旧約聖書に描かれた一場面のようで、正装を身に付け、剣を抜いた皇子の姿はあまりにも美しく、神々しくさえ見えていた。
 人々の息を呑む音まで聞こえてきそうな静寂の中を、シュリのコツコツという靴音だけが響く。

 シュリはそのまま……兵を盾にするガルシアさえ見ることなく、真っ直ぐにヴェルメの前へと歩み出た。


 すでに鞘から抜かれた抜き身の剣を持ち、自分の前に現れたシュリを見て、ヴェルメの体がビクンと震える。

「……シュ……シュリ……! お前が……! お前がぁ……!
 ………ぁぁあああ……ぅわあああーーー!!」

 そのシュリの姿に、ガルシアに睨まれ続け末期状態だったヴェルメの精神は一瞬で崩壊した。
 必死に堰き止めていた、叫びとも呻きとも判らない奇声をあげる。

「く、来るな……! こっちに来るな……! それ以上近付くな!
 ……ガルシアを殺すぞ!!」

 そして再び剣を振り上げ、盾にされた守衛兵諸共もろとも、ガルシアを斬り捨てんと飛び掛かった。

「うぁあああ!! 死ね!! ガルシアーー!」

 『キャア!』と再び広間に悲鳴が響く。



 ――カンッ!

 だがそれは、一度の高い金属音と共に、簡単にシュリの剣でなされていた。

「……なっ……!!」
 グッと唇を噛んで正面に立つシュリを見る。

 自分を見るひどく冷たい、それでいて高貴な視線。
 背中に冷水を浴びたようにゾクリと寒気が走り、赤銅だった顔が一気に青褪めていく。

 ヴェルメは居竦いすくまりそうになりながら、思わず後ろを振り返った。
 そこには人垣に隠れるようにして、ガタガタと身を震わせながらも自分を見ている愛しい息子の姿がある。

 ……父上……!
 両手を握り締め、祈るように……。

 その姿に、ヴェルメは今にも破裂しそうな心臓を押え込み、再び剣を握る拳に力を込めた。

 今更、引けるものか……!! 引けんのだっ……!
 再びガルシアに斬り掛かった。


 ――カンッ!
 ――――カンッ!
 ――――カンッ――!

 だが幾度、斬り掛かっても、それら全てが同じ音と共に同じ結果となり、虚しく空を斬るだけで終わっていく。

「ほう……」
 ガルシアは盾にした兵を手放すことなく、自分をかばい剣を振り続けるシュリの姿に、ニヤリと笑った。


 シュリには、このヴェルメの剣……子供が力任せに振り回す程度の無法の剣など、遊び相手にもならなかった。
 持っているのが真剣ではなく、奉剣の模造刀であったとしても、それが立っている事さえ苦しい今の状態であっても……。
 
 幼い頃から修練し、身体に沁みついた剣だった。
 右手が使えない事も……そもそも双剣を振るうシュリは、左右どちらも利き手であり、この程度の相手に影響などあるはずもない。

 簡単に捌かれ続ける自分の剣に驚いたヴェルメは目を見開くと、そのまま一歩後退る。それをシュリが一歩、追い詰める。

 怒りにのみ支配されていたヴェルメの中で、今はっきりと “恐怖” という名の感情が大きくなっていた。
 あまりに冷たいそのシュリの気に、自らが喰われて行く感覚。
 それを自身の中で認識した途端、ヴェルメにはもう “判断” というものはできなかった。

「シュ、シュリ……お前が……! お前さえ来なければ良かったんだ!
 美味い所だけを、横から掻っさらいやがって!! 
 クソッ! お前さえ……お前さえ……!
 …………許さん!」

 そう叫んだ時だった。

「ヴェルメ、控えろ。無礼だぞ」
 シュリの凛と響く低い声。

 自分を見つめる血の気の無い冷たい視線に、ヴェルメはハッと口をつぐむ。
 そして首を振りながら、もう一歩、二歩……後退った。
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