華燭の城

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「お前の息子が王だと? 笑わせるな」

「う、うるさいのは……お前だガルシア!
 この国で生まれ育った者にこそ、この国の王となる資格がある!
 あんな他国の皇子など……!
 この国の事を何も知らないシュリなど……横からいきなり現れて、それが次期王だと!? そんな事は絶対に認めんぞ!
 ……我が息子こそ、王に相応しい!」

「どこで生まれようが、お前の出来損ないの息子に、王の資格など微塵もあるものか」

「なんだと……!」

 グッと唇を噛み締め、ガルシアを睨んだままのヴェルメの顔が、髪と同じ銅赤になった。
 剣を握った腕を高く振り上げる。

 と、その瞬間、ガルシアの腕も動いていた。
 目の前にいた守衛兵の首根を捕まえ、盾にして、グイと自分の前に突き出したのだ。

「ひぁ……っっ……! 陛下ぁぁ……っ……!」
 いきなり人間盾にされた兵の、悲鳴にも似た声が上がった。

「こ、この卑怯者め! それがお前の本性だ!」
 振り上げた剣を下ろす事もできないまま、ヴェルメが叫ぶ。

「うるさい。王を守るのが兵の役目だ」
 鼻で笑うガルシアとヴェルメは、その兵を挟んで睨み合った。



「おい、どうなっている」
 シュリを見つけ、ゆっくりと歩み寄ってきたナギが小さな声で囁いた。

 だがその質問にシュリは答えなかった。

 睨み合ったまま膠着こうちゃく状態に入った二人と、盾にされている兵を真っ直ぐに見ながら、代わりにただ一言、
「殿下、親書を持って来て下さい」
 それだけをナギに告げた。

「え……あ、ああ、わかった」
 いつもとは明らかに違うシュリの冷たい声に、ナギは何も聞こうとはせず、後ろのヴィルも無言で頷く。



 ヴィルが親書の筒を持ち、再び広間に戻って来た時もまだ、ガルシア達の睨み合いは続いていた。

「シュリ、持ってきたぞ」
「失礼します」

 ナギの差し出す親書の入った筒を、両手でうやうやしく受け取ったのはラウだった。
 そして筒を開け、中の親書を取り出すと、シュリの耳元で囁いた。

「シュリ、親書が来ました」

 シュリはそのラウの声に頷き、
「ラウ……剣を……私の左手に握らせてくれ」そう言った。

「何をなさるおつもりですか……!? そのお身体では……」
 言いかけて、すぐ後ろにいるナギ達に気づき言葉を呑み込んだ。

「……早くしろ……まだ私が歩けるうちに……」
 そう言うシュリの鬼気迫る声に、ラウも逆う事ができなかった。

「判りました……失礼致します」
 それだけを言うと、ラウはシュリの正面に立ち、左腰に携えられていた剣をスラリと抜き取った。


 王位継承の奉剣――
 そのやいば部分には、この国の歴代王の名が刻まれている。
 いわば模造の剣だ。
 その剣を、跪いたラウがシュリの左手にしっかりと握らせる。

「お、おい……シュリ、何を……。相手は真剣だぞ……!」
「俺が行こう……!」

 驚いたナギに続き、ヴィルが自分の剣に手を添え一歩前へ出た。

「申し訳ないですが……足手纏いです。
 ……それにこれは……次期王たる私の仕事……」

「しかし、シュリ殿!」

 食い下がるヴィルの申し出も、困惑するナギの制止の声も、ラウが無言のまま、小さく首を振って止めさせる。


「……親書も一緒に持たせてくれ……」

 そのシュリの指示で、ラウは丸められたままの親書を、剣を握る同じ左手に握らせ、書の端に付いていた紙止めの房を小指に巻き付けた。
 右手を潰されているシュリは、左手一本しか使えない。

「これでよろしいですか? 
 持ち難いでしょうが、絶対に落とさないように」

 その声にシュリは小さく頷くと、左手を口元へ持って行き、小指に巻かれた房の端を唇で噛み、キッと更に引き締めた。

 そして顔を上げ、未だ睨み合うガルシア達の元へ、ゆっくりと歩き出した。
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