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上着を取りに戻ったラウがシュリの部屋で見たのは、驚く光景だった。
「……これは……」
一瞬、茫然と立ち尽くす。
乱れたシーツ、割れたグラス……。
枕元に置いてあった薬の箱は床に転がり、物が散乱している。
ベッド横の床には、無造作に捨て置かれた血の着いた包帯。
自分がシュリに巻いた物だ……。
交換用に置いてあった新しい包帯は、バラバラに解け床に転がっていた。
ご自分で取り替えたのか……。
あの動かない手で、宴の途中に出血しないよう、きっと自らの体をギリギリと締め上げたに違いない。
シュリがあの体で、たったひとりで包帯を巻き、重い正装に着替えるのに、どれ程の体力を必要としたか……。
この部屋を見れば、その壮絶さは一目瞭然だった。
シュリ……!
ラウは怒りさえ覚えながら、ベッド脇の上着を掴み広間へ戻ろうとした。
その時、視界の端に、クシャクシャになった白い紙が落ちているのが入った。
これは……。
それは、あの薬湯を粉にした薬を包んでいた紙だった。
それがいくつも捨てられている。
まさか……!
慌てて落ちていた箱を拾い上げた。
中にあった瓶も、あの薬の包みも、何一つ残っていない。
全てが空になっている。
まさか……あの量を一度に飲んだと言うのか……!
床に転がるグラスと空になった水差しが、それが真実だと教えていた。
馬鹿な……!
なんて事を……!!
ラウは、床に散乱する薬の中から小指程の瓶を拾うと、それをポケットに捻じ込んで大広間へと踵を返した。
廊下で待つガルシア達の元まで戻って来ると、シュリの顔を見るなり、その両肩を正面から強く掴んでいた。
「シュリ! あれはいったい何なのです!
なんて無茶をされたのです!!」
だがその声に、シュリは黙って下を向き目を閉じたまま、返事をしようともしない。
「……シュリ!」
ラウの取り乱した様子に、戻って来ていた側近達が不信そうに顔を見合わせ、何事かと囁き合う。
ガルシアは、そんなラウに視線だけを向けると、細い目で見下ろし小さく呟いた。
「ラウム、うるさいぞ。
たかがあの程度の事、本人は大丈夫だと言っている」
「たかが……。陛下! あれがどんなに……!」
「……ラウ……黙れ……」
声を荒げるラウに肩を掴まれたままのシュリの、静かな声が届いた。
「シュリ……っ!」
「ラウ……無茶だとわかっているなら……。
これ以上……無駄に体力を使わせるな……。
……私が行かなければ……殿下は殺される……」
これから始まる長丁場。
親書を手に入れるまで終わらない宴。
そのために、少しでも体力は温存しておきたかった。
そして目的を達成しなければ、帝国皇太子は生きてこの城からは出られない……。
立っているだけで足が震える。
呼吸をするだけで傷が激しく痛み、意識が飛びそうになる。
ここでラウと言い争っている余力など、もう残ってはいないのだ。
「……クッ……!」
ラウは悲痛な表情のまま小さく頭を下げた。
「申し訳ありません……。
出過ぎた事を……お許しください……」
シュリの肩を掴んでいた手が名残惜しそうに引かれる。
宙で一瞬、指が迷うように動きかけたが、その拳はグッと空だけを掴みゆっくりと下された。
そんな二人を、ガルシアが冷たく見ていた。
そして「しばらく、ラウムも監視しろ……」側にいたオーバストの耳に顔を寄せて呟いた。
ガルシアの脳裏に、あの石牢で自分の鞭音に身を震わせたラウムの姿が蘇る。
幼少から、あれだけ仕込んだのだ。
問題は無いはずだが……。
「ラウムを……ですか?」
「ああ、そうだ」
「承知致しました」
オーバストとの短く小さなやり取りのあと、
「フンッ。痴話喧嘩は終わったか? 時間だ、行くぞ」
ガルシアはシュリを見て鼻で嗤った。
数人の側近と、シュリ、ラウを従えたガルシアの声で扉が開かれる。
楽団が一層、華やかな音楽を響かせた。
「……これは……」
一瞬、茫然と立ち尽くす。
乱れたシーツ、割れたグラス……。
枕元に置いてあった薬の箱は床に転がり、物が散乱している。
ベッド横の床には、無造作に捨て置かれた血の着いた包帯。
自分がシュリに巻いた物だ……。
交換用に置いてあった新しい包帯は、バラバラに解け床に転がっていた。
ご自分で取り替えたのか……。
あの動かない手で、宴の途中に出血しないよう、きっと自らの体をギリギリと締め上げたに違いない。
シュリがあの体で、たったひとりで包帯を巻き、重い正装に着替えるのに、どれ程の体力を必要としたか……。
この部屋を見れば、その壮絶さは一目瞭然だった。
シュリ……!
ラウは怒りさえ覚えながら、ベッド脇の上着を掴み広間へ戻ろうとした。
その時、視界の端に、クシャクシャになった白い紙が落ちているのが入った。
これは……。
それは、あの薬湯を粉にした薬を包んでいた紙だった。
それがいくつも捨てられている。
まさか……!
慌てて落ちていた箱を拾い上げた。
中にあった瓶も、あの薬の包みも、何一つ残っていない。
全てが空になっている。
まさか……あの量を一度に飲んだと言うのか……!
床に転がるグラスと空になった水差しが、それが真実だと教えていた。
馬鹿な……!
なんて事を……!!
ラウは、床に散乱する薬の中から小指程の瓶を拾うと、それをポケットに捻じ込んで大広間へと踵を返した。
廊下で待つガルシア達の元まで戻って来ると、シュリの顔を見るなり、その両肩を正面から強く掴んでいた。
「シュリ! あれはいったい何なのです!
なんて無茶をされたのです!!」
だがその声に、シュリは黙って下を向き目を閉じたまま、返事をしようともしない。
「……シュリ!」
ラウの取り乱した様子に、戻って来ていた側近達が不信そうに顔を見合わせ、何事かと囁き合う。
ガルシアは、そんなラウに視線だけを向けると、細い目で見下ろし小さく呟いた。
「ラウム、うるさいぞ。
たかがあの程度の事、本人は大丈夫だと言っている」
「たかが……。陛下! あれがどんなに……!」
「……ラウ……黙れ……」
声を荒げるラウに肩を掴まれたままのシュリの、静かな声が届いた。
「シュリ……っ!」
「ラウ……無茶だとわかっているなら……。
これ以上……無駄に体力を使わせるな……。
……私が行かなければ……殿下は殺される……」
これから始まる長丁場。
親書を手に入れるまで終わらない宴。
そのために、少しでも体力は温存しておきたかった。
そして目的を達成しなければ、帝国皇太子は生きてこの城からは出られない……。
立っているだけで足が震える。
呼吸をするだけで傷が激しく痛み、意識が飛びそうになる。
ここでラウと言い争っている余力など、もう残ってはいないのだ。
「……クッ……!」
ラウは悲痛な表情のまま小さく頭を下げた。
「申し訳ありません……。
出過ぎた事を……お許しください……」
シュリの肩を掴んでいた手が名残惜しそうに引かれる。
宙で一瞬、指が迷うように動きかけたが、その拳はグッと空だけを掴みゆっくりと下された。
そんな二人を、ガルシアが冷たく見ていた。
そして「しばらく、ラウムも監視しろ……」側にいたオーバストの耳に顔を寄せて呟いた。
ガルシアの脳裏に、あの石牢で自分の鞭音に身を震わせたラウムの姿が蘇る。
幼少から、あれだけ仕込んだのだ。
問題は無いはずだが……。
「ラウムを……ですか?」
「ああ、そうだ」
「承知致しました」
オーバストとの短く小さなやり取りのあと、
「フンッ。痴話喧嘩は終わったか? 時間だ、行くぞ」
ガルシアはシュリを見て鼻で嗤った。
数人の側近と、シュリ、ラウを従えたガルシアの声で扉が開かれる。
楽団が一層、華やかな音楽を響かせた。
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