華燭の城

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 驚き振り返ったラウの視線の先……。
 冷たい石の廊下を、こちらに向かってシュリが歩いて来ていた。
 
 その姿にラウは息を呑んだ。
 オーバストが持って来たあの正装を、ピシリと身につけている。

 漆黒の正装の左手に、あの継承の剣を握り、左肩の銀の勲章を飾り留めに、長い純白のペリースストールが優雅に翻る。
 そのストールの中で、シュリは右腕で腹を押さえるようにして、傷口を塞いでいるのだろうか……。
 腫れ上がっていた右手も、そのストールで上手く隠し、外からは全くあの傷をうかがい知る事はできない。

 右肩と左胸で揺れる国旗と同じ紋章を象った金銀の飾りや勲章。
 それらが一段暗い廊下であっても、わずかな光を集め、蒼白のシュリの顔が一層美しく際立っていた。

「……シュリ! 何をしているのです! そんな体で……!
 まだ無理です! 動いてはいけません!
 傷が塞がっていないのですよ!」

 まだ出血も止まらないというのに、あれほど重い服を……!
 ……無茶な……!

 思わず側に寄ろうとしたラウに、シュリの左手がスッと動いた。
 無言のまま、握った継承の剣を……その剣先をラウの右肩に突き付けたのだ。

「……!」
 ラウの表情が変る。

 ハッと身を硬くした後、すぐにその場で足を止め、突き付けられた右肩の剣に操られるように片膝を付き、シュリの前に跪いた。
 そのまま静かに頭を垂れ、右手を左胸に当てて最礼を尽くす。

 それは、鞘に収めたままとはいえ “我の前に服従し忠誠を誓え” という、主が臣下に対し行う儀礼だった。

 そんなラウを見下ろしたまま、
「ラウ、お前にそんな事を頼んだ覚えはない。
 勝手な真似をするな」
 シュリの低く冷たい声が飛んだ。

 下を向いたままのラウの体がビクンと震えた。
 あの体で、こんな声が出るはずがないのだ……。

「……シュリ……様……。
 申し訳……ございません……」

「……ほう? 
 死ぬだの、なんだのと大袈裟に言っていたが、大丈夫そうではないか」
 ガルシアは現れたシュリの美しい姿を舐めるように眺め、満足そうに頷いた。

「ガルシア……今のラウの話は無しだ。
 約束は……弟の約束は、必ず守ってもらう……」

 シュリが、ラウからガルシアに顔を向ける。

「あぁ、よかろう。お前が出て来たのなら何も問題はない。
 そのかわり、今日は必ずあの親書を手に入れろ。何としてもだ。
 できない場合は……」

「……わかっている……」

 ラウムを跪かせたままのシュリを見ながら、ガルシアがニヤリと笑い「ではそろそろ行こうか」と、その視線が扉へと移る。

「シュリ……様……! 待ってください……!」

 無言で頷き、ガルシアと共に広間へ入って行こうとするシュリを、ラウが引き留め叫んだ。
 跪いたまま、悲痛な表情で手を伸ばす。

「……行ってはいけません……シュリ様……!
 その御身体では……無理です……!」

 そのラウの声に小さく振り返ったシュリの額には、すでに大粒の汗が浮かんでいる。

「うるさいぞ! ラウム!
 本人が大丈夫だと言っているのだ! 引っ込んでいろ!」

「では……! では私も中へご一緒させてください!」
 いつもは廊下で控えているラウが食い下がる。

「今日は大事な受書の宴!
 そんな場で、皇子に従者がついていても何の差支さしつかえもないはず!
 それに……!
 シュリ様の御体を知る私が側に居た方が……もしもの時は……。 
 もし、途中で倒れられでもしたら、また親書は手に入りません!
 そうなれば、困るのは陛下ではないのですか!」

 その声にガルシアが「……ワシを脅す気か?」とラウを睨みつけた。

「だがまぁ、それも一理。
 今夜だけ特別に許してやる。10分だけ待つ。さっさと着替えて来い」

 今日こそは何として親書を……そう思うガルシアの目が冷たく光る。

「は、はい……! シュリ様、しばらくお待ちを……!」

 ラウは、傷口を押さえるように壁に寄りかかり、必死に立つシュリの方を見て一礼すると、杖をつきながら廊下の奥へと消えて行った。
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