華燭の城

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「遅いぞ! ラウム! 何をしていた!」
 側近を脇に押し退け、ガルシアが怒鳴った。

 ラウは、ガルシアをじっと見つめたまま側まで来ると、小さな声で「お人払いを……」そう告げた。

「……んん?」

 一緒にいるはずのシュリの姿が無い事に、怪訝そうな顔をしたガルシアが、顎をしゃくって側近達に離れるように促すと、側近達も怒りの矛先をラウが引き受けたのを幸いに、そそくさとその場を離れて行く。
 そしてガルシアは、ひとり残ったオーバストにも「行け」と視線で告げた。

 誰も居なくなり、静まり返った廊下で、ラウはいきなり杖を床に置き、ガルシアの前に跪いた。

「陛下……! 今のシュリ様に宴など無理です!」
「……何だと?」

 足元のラウを見下ろしながら、ガルシアが怠そうに首を傾げる。

「シュリ様は……。 
 昨夜の責めで未だ意識もハッキリとせず、起きる上がる事もできません。
 そればかりか、出血が止まらず……」

「おい、ラウム。何を言っている? お前は薬に詳しいのだろう?
 それをなんとかするのが…………お前の、仕事だろうがっ!」

 全てを言い終わる前に、ガツッ!と、ガルシアの足がラウの腹を蹴り上げていた。

「ンッ……! ……しかし!」
 腹を押さえたままラウが食い下がる。

「しかし! 私は薬師!
 外科の知識も技術もなく……あのシュリ様の傷を塞ぐ手立てがないのです!
 医師を……! お願いです、陛下!
 どうか医師を呼んでください!! このままでは……!」

「このままでは……何だ? 死ぬとでもいうのか?」

 ガルシアが頭を下げ続けるラウの顔を、横からジロリと覗き込んだ。

「……悪くすれば……それも……」
 ラウが悔しそうにポツリと答える。

「……クっ……」
 そのラウの力無い声に、ガルシアはギリと唇を噛むと、床をガン!と足で踏み鳴らした。

「……あれが死ぬだと!?
 そんな勝手な真似は、絶対に許さん!」

「でしたら陛下! すぐに医師を! 本当にこのままでは危いのです!!
 今、こうしている間にも……もしもの事が……。
 そうなれば……もう親書も手に入らなくなるのですよ!」

「……っ……!」


『親書が手に入らない』

 ラウの放った最後の切り札に、ガルシアは腹立たしそうに顔を歪ませた。
 怒りのぶつけ所を探すようにそのまま苛々と周囲を見渡し、つま先だけを激しく上下させ、カツカツと忙しく床を蹴る。
 だが、いくら思い巡らせても、自分の望む妙案は出てこない。


「くそっ! ……好きにしろ!」

 怒りが思考を超えた。
 考える事が煩わしく、ただ声をあげた。

「医師でも何でも呼んで、この宴だけはなんとかしろ!
 引き摺ってでもここにシュリを連れて来い!
 このワシが、皆の前で二度も恥を掻くなど……!
 ……いいか! この式だけは何としても行う! 何があってもだ! 
 必ず今夜中に親書を手に入れる!」

「……あ、ありがとうございます!」

 深々と頭を下げるラウの耳には、ガルシアの言う、宴や親書の事などもう入っていなかった。
 ガルシアの許しを得て、シュリを医師に診せる事ができる。
 これでシュリを救えるかもしれない。
 ただそれだけだった。

 緊張で強張っていた肩がすっと落ち、
「では、すぐに……!」
 立ち上がろうとするラウに、ガルシアが思い立ったように言葉を重ねた。

「ああ! そうだ! ラウム!
 例のー……。
 シュリの弟の所へ行かせるはずの医師がいたな? あれにしろ! 
 あれなら口も堅く、優秀なのだろう?
 その代わり弟の所へは無しだ!
 これは元々、取引きだったのだから、異存は無いな?」

 そう言うと酷薄な嗤いを浮かべた。

「そんな……」
 ラウは反論しかけたが、後に続く言葉は出てこなかった。

 異国の弟皇子とシュリ……。
 どちらか一方しか助けられないのなら……。

「……わかりました……。すぐに手配を……」
 頭を下げ、そう言いかけた時だった。

「……ラウ! 勝手な事は許さん!」

 廊下の奥から凛とした声が響いた。
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