華燭の城

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 自室のベッドの上に横たえられると、
「……っ……」
 シュリは痛みにだけ反応し、小さな呻き声をあげた。

 そんなシュリの横に跪き、
「申し訳ありません……」
 ラウは目を閉じ、唇を噛む。
 
 そっと手を取ろうとしたが、腫れ上がったシュリの右手は痛々しく、それさえも叶わない。

 ラウは大粒の汗を額に滲ませるシュリの横に椅子を引き、明かりを手元に、傷口からまだ止まることのない血を拭う。

「……ッンッァ……」
 
 触れる度、シュリは首を振って嫌がった。

「我慢して下さい。今は血を止めなければ……」

 そう言い、押さえた胸の傷の上で、ラウがふと手を止めうつむいた。

「こんな、残酷な……」
 ラウの瞳から涙が零れ落ちる。 



「……ラ……ウ……」
 シュリが薄っすらと目を開けていた。

 まだ何かを言いかけたが、乾いた喉では声を出すことも困難なのか、再び目を閉じ、苦しそうに肩で息をする。

「シュリ……気が付きましたか……。
 今、お話しは……。
 これを……血を止める薬です。これを飲んで……口を開けて……」

 ラウはシュリの頭の下に腕を差し入れ、わずかに顔を持ち上げ抱き起こすと、唇にそっと指で触れた。
 その細い指に促され、シュリが目を閉じたまま、わずかに口を開く。

 ラウがその唇端から、小さな水差しに溶かした薬をわずかに流し入れると、シュリの喉がコクンと上下に動いた。
 だが水差しが離れても、シュリの唇は無意識なのか、まだまだ……と水を欲しがり小さく口をあける。

 ラウはその姿に、不安を覚え手を止めた。
 体の血も体液も、おおよそ水分といえる物が減っているのだ。
 だからこんなにも……と、思う。
 だが、このまま与えて良いものか……。

 医学的に効果が証明された物ならば問題無いかもしれない。
 いや、これが普通の火傷ならば、ラウも迷わなかっただろう。
 だが、シュリのこれはただの火傷ではない。
 薬で灼かれたのだ……。

 今ここにあるのは普通の水……。
 水だけを与え、ショック症状を引き起こしてしまったら、自分だけではどうにもならない。
 出血が止まらないまま、不確かな自分の考えだけで、シュリの命を危険にさらすわけにはいかなかった。

「すみません……辛抱してください……」
 ラウはそう言いながら水差しを引き、傷口を押さえ続けた。

 だがその間も、シュリの白い体は小刻みに震え、まるで痛みを振り解くかのように首を振る。
 あの劇薬がまだこの傷の中に残り、シュリの体内を犯し続け、ゆっくりと組織を破壊しているのだ。
 シュリはずっと呻き続けている。

 薬品を洗い流すか……。
 そうも考えたが、ラウはそこで再び手を止め拳を握り締めた。
 
 
 高熱で浅い呼吸を繰り返し、どこにもぶつける事のできない苦しさを、シュリはただシーツを握り締め耐えていた。

「シュリ……」

 血は一向に止まらない。
 ジワジワと滲むように布に浸み出て来る血と体液を見ながら、何もできない自分に苛立ち、ラウは思わずシュリの頭を抱きしめた。

「……な……に……」

 腕の中で、シュリがわずかに顔を巡らせ、ハァハァと肩で息をしながらもフッと笑って見せる。
 その左手は、まだ強くシーツを握り締めたままだ。

「シュリ……無理をしなくていい……。 
 私の前で、強がらなくていい……」

 額にかかる髪をそっと指で上げ、唯一傷の無い、美しいままの顔を指で撫でた。
 その指にシュリは、悲しい表情を浮かべ静かに目を閉じた。


 ンッ……!

 直後、激しい痙攣がシュリを襲う。
 呼吸もままならい、窒息しそうな苦しさの中で、シュリはなぜか、ぼんやりと考えていた。

 わずか半日前に見た光景。
 
 鳥がさえずり、森の木々が風に揺れる……。
 草花が咲き、陽に輝く美しい滝と湖……。
 それは懐かしい故郷……大好きだった神国の風景と重なっていく……。

 
 神国が……。 


 遠い……。
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