華燭の城

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「私といたしましては、敵帝国の皇太子が居なくなってくれるのは、真に喜ばしい事なのですがねぇ……」

 シュリはその声に聞き覚えがあった。
 そしてその小男の特徴的な姿にも……。


「お前は……」
 痛みで閉じてしまいそうな瞳を必死に開け、その姿を睨み付けた。

「覚えていて下さいましたか、シュリ様。
 どうです? 先日の針の傷は?
 鞭と違って傷口が不揃いな上に、薬も併せましたからな。
 なかなか痛みが引かず、さぞやお困りでしょう」

 そう言って口端を片方だけ上げ、ニヤリと笑う男は、あの西国の小男だった。

「……どうして……お前が……またここに……」
 あの日の痛みと凌辱を想い出し、唇を噛む。

「たった今、有能な諜報を付けろと言ったのはお前だぞ、シュリ。
 この男ほど、諜報に向いたヤツはいない」

 ガルシアが得意そうに首だけで振り返り、男を見る。

「そう言って頂けると光栄ですな。
 いきなり夜までに来いと言われた時は、本当に困ったのですよ?
 何しろ、拷問しなければならないやからがまだ多くおりましてね、私の前に列を成していたのですから。
 ですが、陛下の頼みとあらば、何を置いてもと、急ぎ参上した次第なのですが……。
 来てみれば、なんとまぁ……。
 我が国の宿敵、帝国のナギ皇太子までいて、なかなか面白い事になっているではありませんか」

 小男はニヤニヤと笑いながら、鞄の中から一本の太い注射器を取り出した。


「さて陛下、事情はわかりましたが、そのようなやり取り……。
 両手両足を全てし折ったとしても、この強情なシュリ様には効きますまい。
 真偽を知りたければ、そんな乱暴なさらずとも、簡単な自白剤がございますのに」

 手に持った注射器に、瓶から直接、薬剤を吸い上げながら小男が微笑む。

「……といっても、これはそこらの物とは違いますよ?
 我が国が、総力をあげて開発した新薬です。
 これを打たれて、嘘を突き通せる人間はおりません」

 男はガルシアに押さえ付けられたままのシュリの胸元を左右に開くと、その針先を、胸の小さな突起にプツプツと、まるで戯れのように何度も突き刺し遊び始める。

 その感覚にビクンとシュリの身体が反応し、震えた。
 極小の鮮血が胸に湧く。

 だがシュリは声すらあげず小男を睨んだ。

「上等だ。それで真偽が判るというならこちらも好都合……。
 好きにすればいい」

 それを聞いたガルシアの顔が憎々し気に歪み「やれ」と顎が動く。
 男は小さく頷くと、自分を睨んだままのシュリの胸にブツ。と太い針を突き立てた。

「……クッっ……」

 一筋の血が流れる感覚と、冷たい液体が体内に流れ込んでくる感覚を脳が同時に感じ取り、言いようのない怠さが襲ってくる。
 すぐに、立っていられなくなり、頭を支えるのさえ辛く、首がガクンとうな垂れた。
 ガルシアに両腕を押さえつけられているので倒れる事はないが、心臓の鼓動が不規則に暴れ、酷く苦しかった。

 ハァ……
 ハァ……ハァ……

 肩で息をし始めると、ガルシアの声が直接、頭の中に響き始めた。


「ナギと例の件で何を話した?」
「何も……話していない……」

 口を開くことさえ怠かった。
 脳内に霧がかかり、思考を巡らせる事もできない。

「ワシを裏切ろうと企てたろう?」
 
 シュリが苦しさの中でわずかに首を振る。


 自分がここへ来た経緯を話したか?
 ワシの話をしたか?
 神国の話をしたか?
 ナギに助けを求めたか?
 秘密をバラしたか?
 ワシを裏切ろうとしたか?
 逃げようとしたのか?

 その後も言葉を変え、言い回しを変え、幾度となく同じような質問が繰り返されたが、一貫してシュリの応えは変わることなく、全て潔白を意味するものだった。

「これはどうやら本当のようですなぁ」
 その様子を注意深く見ていた小男がガルシアに囁いた。

「ふん……」
 ガルシアはそれだけ返事をすると、

「では、これで最後の質問だ。
 シュリ、今のお前の望みは何だ?
 今、目の前に助けが現れたなら、何を乞う」

 その質問にシュリは目を閉じたまま小さく息を吐いた。

「望み……。私の望みは……弟が元気になる事……。
 神国の皆が……無事であること……。
 …………神の救いが……」

「……!」

 押さえつけたままのシュリの頬に、ガルシアの平手が飛んだ。

「……ンッ!」
「もういい! 神、神と何度もうるさいわ!」
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