華燭の城

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 七人が城に戻って来たのは陽も落ちかけた頃だった。
 
 城門をくぐる時、レヴォルトが一瞬立ち止まり、シュリの方を振り返る。

「どうした? 私を心配してくれているのか?
 ……お前は優しい子だな……」
 話しかけ、そっと首を撫でた。

 温かだった太陽は、巨大な城の背後で急速に温度を失って行き、冷たい風が吹き抜ける。

「お前にも判るのだな……この華燭かしょくの城の影に潜む狂気が……。
 でももう、私はここに帰るしかないんだ……。行こう……」
 
 その声に、レヴォルトは再び前を向き歩き始める。

 

 城の広場では徐々に暗くなって行く空を見つめながら、馬番が皆の帰りをソワソワと待っていた。
 護衛として同行したはずの側近の内の一人が、すぐに引き返して来たかと思うと、慌てて城に走り込んで行ったのを見ていたからだ。

「どうしたんだ……いったい……」
「あの慌てようは……。
 まさか、シュリ様達に何かあったのか?」

 まだ調教も行き届いていない馬で、皇子一行に何かあったのかもしれない……。
 そう口々に話しはしたが、誰も真相を知る者もなく、ただウロウロと心配するしかできなかった馬番達は、無事に戻った七人を見てホッと胸をなでおろした。

「シュリ様! お帰りなさいませ!
 あ、あの……何も不都合はございませんでしたか?」
 
 馬から降りるシュリを介助しながら、馬番は恐る恐るに尋ねた。

「大丈夫だ、レヴォルトはとても良い子だった」

 そうシュリが言うのを証明するように、レヴォルトは、シュリに首を撫でられながらピタリと横に寄り沿い、大人しく主人に付き従っている。
 その姿は堂々と誇らし気にさえ見える。
 そんな従順な姿は、長い間調教してきた馬番でさえも、未だ見た事がない光景だった。

「ほんとに……あの頑固な馬が、これほど静かに……。
 いったいこれは……」
「後の世話、お願いしていいかな」

 驚く馬番にシュリが話しかけた。

「そ、それはもう! それが私たちの仕事ですので!
 シュリ様に気に入って頂けたのでしたら、何よりの喜び。最高の名誉でございます! お任せください!」

 四人がそれぞれに馬を引き渡し、城内へ向かおうと足を向けると、それを待っていたかのようにオーバストが足早に近づいた。

 シュリとナギに一礼し、
「ナギ殿下、近衛殿、お疲れ様でした。
 お部屋に入浴とお食事を準備しております。
 今日はお疲れの事と思いますので、どうかごゆっくりとお休みください」
 そう言って静かに頭を下げた。

「ああ、そうさせてもらう。ありがとう」
 オーバストにそう返事をすると、ナギはシュリに向き直った。

「シュリ、今日は本当にありがとうな。お前のおかげで命拾いをした。
 今日はゆっくり休んでくれ。
 ラウもだ、本当に素晴らしい景色を見せてもらった。感謝する」

「喜んで頂けたなら光栄です。
 ……おやすみなさい」

 そう応え、頭を下げたシュリにもう一度微笑んで、ナギとヴィルは貴賓室のある棟の扉へと消えて行く。


 その後ろ姿を見届けた後、オーバストが振り返った。

「シュリ様は陛下がお呼びです」
 一言、それだけを告げ立ち去ろうとする。

「待て……! 今すぐに……ですか?」
 その背中をラウが慌てて呼び止めた。

「そう聞いているが?」

 オーバストはいぶかし気に振り向き、鋭い目つきでラウを見返した。

「今、外から戻ったばかりです。
 ……シャワーと着替えの時間はいただきたい。
 その方が……陛下にもよろしいのでは……?」

 ラウの言葉の裏に隠された意味に気が付いたのだろう。
 オーバスト自身は無意識の反射なのだろうが、ほんの一瞬、ピクリと顔を顰めた。

 そして、その瞳に嫌忌けんきの光を映したまま、
「わかった、そうお伝えしておく」
 それだけ言うときびすを返した。


「シュリ……歩けますか?」
 
 ラウがそっと囁く。
 広場にはまだ大勢の人が居るからだ。

「ああ……なんとか……。
 部屋に戻ろう……」

 薬で痛みは抑えてはいるが、それも切れかける時間だ。
 開いた傷口もそのままにはして置けない。
 ガルシアが、すぐにと呼んでいるなら、尚更時間の余裕はなかった。

 
 報告に走り戻った側近が、ガルシアに何と告げたのかは知らない。
 だが、その心中が穏やかでない事だけは確かだ。

 体中を襲う鈍い痛みに耐え顔を上げたシュリの目の前で、巨大な城の背に、美しかった夕陽がゆっくりと堕ちていこうとしていた。
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