華燭の城

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 しかしそれも束の間。
 そんな険悪な雰囲気も初めだけで、徐々に薄れていくことになる。
 
 それは城を離れ、石畳だった道が土になり、両側に冷たい風に揺れながらも、小さな草花が姿を現し始めた頃からだった。

「花が咲いている……木が……森だ……」

 シュリの表情が輝き、思わず口にする感嘆の明るい声が、皆の気持ちを和ませていく。
 その声は先頭を行くラウにも届き、振り返ったラウは優しく微笑んだ。
 シュリも微笑みを返し、何度も嬉しそうに頷く。

「なんだ? シュリ。珍しい物でも見たように」

 ナギはそんな二人に呆れたように笑ったが、青く輝く豊かな森の一本道に入った頃には、シュリの興奮は抑えられない喜びになっていた。

「殿下! あそこに花が!」
「鳥が今あちらへ……!」

 時には蒼く澄んだ空を指さし、時には透明な空気を胸いっぱいに吸い込み、シュリは子供のようにはしゃぎ、ナギに話しかけ続けた。

「ああ、本当だな」
「あれは何という鳥だろうな」

 そんな様子をクスクスと笑いながらも、ナギはシュリの他愛もない話しに付き合い、優しく返事をしてくれる。
 二人のやり取りを、シュリの純粋な笑い声を背中で聞きながら、ラウも自然に笑顔になり、出発時はかなり苛立っていたヴィルも、この微笑ましい雰囲気に「まぁいいか……」と笑って頷いた。


 だが、シュリの興奮が一段落した頃、ナギが放った一言でシュリは現実へと引き戻される。

「シュリ、ずっと歩いてばかりだし、そろそろ駆けないか?
 お前のはしる姿が見たいんだ」

「っ……」

 思わず声を上げそうになり、周りを囲む側近達を見た。
 それは冷ややかな見張りの目。
 少しでも一団から離れれば、またガルシアの誤解を生み、怒りを買う事になるだろう。

「しかし殿下、この森は私も初めて。道に迷っては困ります。
 馬も今日は万全ではない様子ですし、ここはラウの後について行きましょう」

 やんわりと断ったシュリだったが、
「この先もずっと一本道みたいだぞ?
 少しだけなら大丈夫! な、行こうぜ!」
 
 そう言うが早いか、ナギはいきなりピシリと鞭を入れた。
 白馬が一気に速度を上げる。
 
 先頭を行くラウをあっと言う間に追い越し「先に行くぞ!」ナギの声が森に響く。

「殿下!」
「あっ! おい! ナギっ!!」
 ラウとヴィルの声がほぼ同時に続いた。

「殿下! 無茶です! ……クッ……!」

 先頭のラウさえも抜き走り、去って行く白馬に、シュリも反射的にレヴォルトに鞭を入れる。
 森に不慣れな馬で、もしも帝国の皇太子に何かあっては……!

 残されたラウ、ヴィル、そして側近達も、何が起こったのか状況が掴めないまま、互いに顔を見合わせると、慌てて後を追い始める。
 だが、まるで鬼ごっこを楽しむかのようなナギは、その姿を見ると益々速度を上げた。

 かろうじてシュリだけが、どんどんと追いついて行く。
 後ろから迫るひづめの音にナギは嬉しそうに振り返った。

「さすがだなシュリ! それが見たかったんだ!」
「いけません! 殿下! 前を見て!!」


 
 その時だった――

 一匹の野狐が白馬の前に踊り出た。
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