華燭の城

文字の大きさ
上 下
112 / 199

- 111

しおりを挟む
 しかしそれも束の間。
 そんな険悪な雰囲気も初めだけで、徐々に薄れていくことになる。
 
 それは城を離れ、石畳だった道が土になり、両側に冷たい風に揺れながらも、小さな草花が姿を現し始めた頃からだった。

「花が咲いている……木が……森だ……」

 シュリの表情が輝き、思わず口にする感嘆の明るい声が、皆の気持ちを和ませていく。
 その声は先頭を行くラウにも届き、振り返ったラウは優しく微笑んだ。
 シュリも微笑みを返し、何度も嬉しそうに頷く。

「なんだ? シュリ。珍しい物でも見たように」

 ナギはそんな二人に呆れたように笑ったが、青く輝く豊かな森の一本道に入った頃には、シュリの興奮は抑えられない喜びになっていた。

「殿下! あそこに花が!」
「鳥が今あちらへ……!」

 時には蒼く澄んだ空を指さし、時には透明な空気を胸いっぱいに吸い込み、シュリは子供のようにはしゃぎ、ナギに話しかけ続けた。

「ああ、本当だな」
「あれは何という鳥だろうな」

 そんな様子をクスクスと笑いながらも、ナギはシュリの他愛もない話しに付き合い、優しく返事をしてくれる。
 二人のやり取りを、シュリの純粋な笑い声を背中で聞きながら、ラウも自然に笑顔になり、出発時はかなり苛立っていたヴィルも、この微笑ましい雰囲気に「まぁいいか……」と笑って頷いた。


 だが、シュリの興奮が一段落した頃、ナギが放った一言でシュリは現実へと引き戻される。

「シュリ、ずっと歩いてばかりだし、そろそろ駆けないか?
 お前のはしる姿が見たいんだ」

「っ……」

 思わず声を上げそうになり、周りを囲む側近達を見た。
 それは冷ややかな見張りの目。
 少しでも一団から離れれば、またガルシアの誤解を生み、怒りを買う事になるだろう。

「しかし殿下、この森は私も初めて。道に迷っては困ります。
 馬も今日は万全ではない様子ですし、ここはラウの後について行きましょう」

 やんわりと断ったシュリだったが、
「この先もずっと一本道みたいだぞ?
 少しだけなら大丈夫! な、行こうぜ!」
 
 そう言うが早いか、ナギはいきなりピシリと鞭を入れた。
 白馬が一気に速度を上げる。
 
 先頭を行くラウをあっと言う間に追い越し「先に行くぞ!」ナギの声が森に響く。

「殿下!」
「あっ! おい! ナギっ!!」
 ラウとヴィルの声がほぼ同時に続いた。

「殿下! 無茶です! ……クッ……!」

 先頭のラウさえも抜き走り、去って行く白馬に、シュリも反射的にレヴォルトに鞭を入れる。
 森に不慣れな馬で、もしも帝国の皇太子に何かあっては……!

 残されたラウ、ヴィル、そして側近達も、何が起こったのか状況が掴めないまま、互いに顔を見合わせると、慌てて後を追い始める。
 だが、まるで鬼ごっこを楽しむかのようなナギは、その姿を見ると益々速度を上げた。

 かろうじてシュリだけが、どんどんと追いついて行く。
 後ろから迫るひづめの音にナギは嬉しそうに振り返った。

「さすがだなシュリ! それが見たかったんだ!」
「いけません! 殿下! 前を見て!!」


 
 その時だった――

 一匹の野狐が白馬の前に踊り出た。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...