華燭の城

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「今日はよろしく頼むよ」 

 シュリは優しくそう言うと、慣れた手つきで手綱たづなを握り、あぶみに足を掛け、四頭の中でも一番大きい黒馬に軽々と跨った。
 それだけで、またしても観衆から溜息ともとれる声が上がる。

「ほらみろ。やっぱり皆、お前を見に来てるんだ」
 と、ナギが隣で笑ったが、一番驚いていたのは、この馬の調教に手を焼いていた馬番達だった。

「シュリ……お体は大丈夫ですか?」
 そこへラウが馬を付け並び、小さくシュリだけに聞こえるように声を掛けた。

 乗馬は常にしっかりと姿勢を保ち続けなくてはならない。
 これから片道約2時間の長丁場。
 少しでも傷が痛み始めれば、敏感な馬はすぐにそれに気付き、あなどられれば、操る事さえ難しくなる。

「大丈夫。私よりラウは? 平気か?」

「ええ、この程度なら」

「そうか、無理はしないようにな。
 それから……今日は少しゆっくり行こう。
 この馬達は、まだ外にも人にも慣れていないようだ」

「そのようですね……。
 承知しました。
 では、参りましょう」

 心配そうに四頭を見るシュリにラウが頷き、道案内の先頭を行くべく常歩なみあし扶助ふじょ(合図)を行うと、馬はゆっくりと歩き出す。
 その後に、ナギ、シュリ、ヴィルの順で縦並び、三頭が続いた。

「行ってらっしゃいまし!」
「お気をつけて!」
 嬉しそうな皆の声に送られて、四人と、それを遠巻きに囲む側近四人の馬が城を出た。


 そのまま城の堀に沿って、一路、森を目指し西へと向かう。

 出発してすぐにナギがシュリの隣に馬を付けた。
 ゆったりと並歩しながら、
「なぁ、ガルシアの側近って三人の約束じゃなかったか?」
 ナギが呆れたように言う。

「……そうですね、申し訳ありません」
「いや、お前が謝る事じゃないしな……」

 そう言いながらも、
「しかし、たかが遊びとは言っても、
 こうも簡単に約束を破られるのも、どうかと思うなぁ……」

 シュリの前で、あまりハッキリと、継父にあたるガルシアの批判をするのは申し訳ないと思っているのか、ナギは独り言程度に呟いた。

 だが、その呟きはシュリの耳にも届いていた。
 そして側近……見張りの数が増えた理由もシュリにはわかっていた。

 あのサロンでの出来事を、オーバストから聞いたからだ。
 明らかにガルシアは気分を害し、何かを疑っている……。

 この、まだ人にも外にも慣れていないような馬をわざわざ選んだのも、自分の側近よりも速い馬を出したくなかったからに違いない。
 ともすれば振り切られ、逃げられるとでも思ったのか……。
 いや、逃亡までとは行かなくとも、距離を離されることには、明らかに警戒しているようだった。
 それを証明するように、城を出た時は約束通り “遠巻き” だった側近達が、どんどんと距離を詰めて来ていた。

 森へと続く道は、街へ向かうそれとは違い、それほど広くはない。
 ……とはいえ、その側近達の行動は、ヴィルの存在など全く無視し、シュリとナギ、二人だけをあからさまに四方から取り囲む “布陣” だった。


 こんなに密集したのでは……。

 シュリはまだ人に不慣れな馬達が、神経を尖らせていることに気が付いていた。
 今はまだ、かろうじて落ち着いているように見える四頭だが、あまり刺激すると何があるかわからない……。

 先頭にラウ。
 少し間を置いて、その後ろに四人の側近に囲まれた皇子二人の、六頭の集団ができようとしていた。

 その側近達に、何の断りもなく追い抜かれたヴィル。
 初めこそ、苦笑いしながらも相手の出方を伺うように、最後尾からの俯瞰ふかんを決めていたヴィルも、徐々に苛立ち始めていた。

「ったく……。
 四人でナギとシュリ皇子を取り囲みやがって……。
 これじゃあまるで護送みてえじゃねぇか……」

 行って蹴散らしてやろうかとも思うが、まだ主であるナギからの指示は何もない。

「くっそ……あのくそジジイ……」

 今はまだ大人しく見守る事しかできず、ヴィルはひとり、馬上で悪態をついていた。
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