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その日から二日後。
ラウの言った通り、いつもの分厚い雲は嘘のように消え、この国では珍しい程の青空を見せていた。
「ここで、これほど美しい空が見られるとは、思ってもいなかった」
格子の窓に指を掛け、冷たい朝風を受けながらシュリが呟いた。
「ええ、本当に。年に一度ぐらいだと思います。
ですが、天気は良くても寒いですから、冷やさないように」
ラウが側に寄り、シュリの肩にそっと上着を掛ける。
「ああ、ありがとう」
肩に置かれたラウの手に自分の手を重ねた。
「今日の乗馬、いくら楽しくても無理はダメですよ?
傷もようやく塞がりかけたばかりなのですから」
「わかっている。
もう二度と、殿下にあんな姿を見られるわけにはいかないからな……」
そう言って頷いてみせたが、シュリの本音は “ラウに心配を掛けたくない” それだけだった。
自分が苦しむと、ラウが悲しそうな顔をする。
その顔を見るのが、自分の痛みよりも辛かった。
「それで、今日はどこへ行く予定なんだ?」
道案内役のラウに今日の行き先は任せてある。
隣に立つラウを見上げて微笑んだ。
数ヶ月ぶりに城の外へ出る。
それだけでシュリの気持は逸っていた。
「そうですね。
馬駆けですし、街にと言うわけにはいきませんからね」
そう言って微笑み返すラウの顔は、すでに心に決めた場所があるようだった。
その少し嬉しそうな顔に、シュリはラウの顔を下から覗き込む。
「……どこへ行くんだ?」
「お知りになりたいですか?
到着まで秘密にしようと思ったのですが……」
ラウは悪戯っぽく笑った後、
「先日見た……あの湖の対岸の森はいかがでしょう?」
その言葉にシュリの顔が一瞬驚いた後、見る見るうちに華開いた。
「本当か、ラウ! 本当にあの森へ行けるのか!?」
「ええ、湖を北側から迂回して、途中の分岐を南西へ向かうと、森の奥の滝に出るのです。
お体の事もありますし、休みながらゆっくり走ったとしても、ここから片道2時間程度。
向こうで一度休憩を取り、薬を飲めば帰りまで大丈夫でしょう。
今日は昼食を早めにして、午後すぐに出れば日没までには……」
その説明を最後まで聞かぬうちに、シュリはラウの首に腕を回し抱きしめていた。
今日、シュリ皇子があの帝国皇太子と一緒に馬乗りに出るという噂は、どこからともなく城中に広まり、朝から城の正面門には、明らかに普段よりも多い人間が集まっていた。
門塔の番をする身分の低い兵などは、同じ城に仕えるとはいえ、高位にある方の姿を拝謁する事すらできない。
唯一と言っていい機会が、自分の守る門をくぐられる時ぐらいだが、車という屋根付きの乗り物が主流になってきてからは、その数も減ってきていた。
まして外出を許されていないシュリは……許されていないという事実は誰も知らなかったが……この門に近寄る事さえ無い。
下位兵にとっては、初めてその神の姿を、自分の目で見る事ができる絶好の機会なのだ。
多少、浮かれていても、今日、当番で無い者までが、わざわざ雑用を言い訳に出て来ていたとしても、誰も咎める者はいない。
もちろん、皆、自分の仕事をしながらではあるが、チラチラと視線を向け、今か今かとその時を待っていた。
ラウの言った通り、いつもの分厚い雲は嘘のように消え、この国では珍しい程の青空を見せていた。
「ここで、これほど美しい空が見られるとは、思ってもいなかった」
格子の窓に指を掛け、冷たい朝風を受けながらシュリが呟いた。
「ええ、本当に。年に一度ぐらいだと思います。
ですが、天気は良くても寒いですから、冷やさないように」
ラウが側に寄り、シュリの肩にそっと上着を掛ける。
「ああ、ありがとう」
肩に置かれたラウの手に自分の手を重ねた。
「今日の乗馬、いくら楽しくても無理はダメですよ?
傷もようやく塞がりかけたばかりなのですから」
「わかっている。
もう二度と、殿下にあんな姿を見られるわけにはいかないからな……」
そう言って頷いてみせたが、シュリの本音は “ラウに心配を掛けたくない” それだけだった。
自分が苦しむと、ラウが悲しそうな顔をする。
その顔を見るのが、自分の痛みよりも辛かった。
「それで、今日はどこへ行く予定なんだ?」
道案内役のラウに今日の行き先は任せてある。
隣に立つラウを見上げて微笑んだ。
数ヶ月ぶりに城の外へ出る。
それだけでシュリの気持は逸っていた。
「そうですね。
馬駆けですし、街にと言うわけにはいきませんからね」
そう言って微笑み返すラウの顔は、すでに心に決めた場所があるようだった。
その少し嬉しそうな顔に、シュリはラウの顔を下から覗き込む。
「……どこへ行くんだ?」
「お知りになりたいですか?
到着まで秘密にしようと思ったのですが……」
ラウは悪戯っぽく笑った後、
「先日見た……あの湖の対岸の森はいかがでしょう?」
その言葉にシュリの顔が一瞬驚いた後、見る見るうちに華開いた。
「本当か、ラウ! 本当にあの森へ行けるのか!?」
「ええ、湖を北側から迂回して、途中の分岐を南西へ向かうと、森の奥の滝に出るのです。
お体の事もありますし、休みながらゆっくり走ったとしても、ここから片道2時間程度。
向こうで一度休憩を取り、薬を飲めば帰りまで大丈夫でしょう。
今日は昼食を早めにして、午後すぐに出れば日没までには……」
その説明を最後まで聞かぬうちに、シュリはラウの首に腕を回し抱きしめていた。
今日、シュリ皇子があの帝国皇太子と一緒に馬乗りに出るという噂は、どこからともなく城中に広まり、朝から城の正面門には、明らかに普段よりも多い人間が集まっていた。
門塔の番をする身分の低い兵などは、同じ城に仕えるとはいえ、高位にある方の姿を拝謁する事すらできない。
唯一と言っていい機会が、自分の守る門をくぐられる時ぐらいだが、車という屋根付きの乗り物が主流になってきてからは、その数も減ってきていた。
まして外出を許されていないシュリは……許されていないという事実は誰も知らなかったが……この門に近寄る事さえ無い。
下位兵にとっては、初めてその神の姿を、自分の目で見る事ができる絶好の機会なのだ。
多少、浮かれていても、今日、当番で無い者までが、わざわざ雑用を言い訳に出て来ていたとしても、誰も咎める者はいない。
もちろん、皆、自分の仕事をしながらではあるが、チラチラと視線を向け、今か今かとその時を待っていた。
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