華燭の城

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「ん? どうした? 暑いのか? 
 ああ、ずっと暖炉の前だしな」

 そんなシュリに気が付いたのか、ナギは座ったまま視線を動かし、外に出られるバルコニーを見つけると「少し風に当たるか?」そう言って立ち上がった。

「あ、はい」
 バルコニーに向かって歩き始めるナギに従い、シュリも立ち上がる。

「っ……!」
 後に続こうとしたところで、急に動いたせいか、それまでじっと耐えていた体の痛みに思わず声を上げそうになった。
 
 だが気丈に耐えたその声は、唇から零れる前に呑み込まれ、前を行くナギには届いていない。 
 入口に立つラウからも、見えるのはシュリの背中だけ。
 その苦痛に歪む表情は、誰にも知られることは無かった。

 ゆっくりと確かめるように足を踏み出し、まだ歩ける事を確認してからバルコニーへと向かうと、ナギは手すりに肘をつき、のんびりと空を見上げていた。


「なぁ、そろそろ晴れるんじゃないか?」
 追いついたシュリが横に立つ気配に、視線は夜空のまま、ナギが話しかけた。

 そう言われて、並んで一緒に見上げた空は、重い雲が覆っているのか、いつもと同じ黒とグレーの世界……。
 だが、珍しくその雲には切れ間があった。
 その隙間から、チラチラと瞬く星が見えている。
 この国に来て初めて見た、久しぶりの星だった。

「本当に……星が見えますね……」

「……な!
 ガルシアは『当分晴れない』なんて言ってたけどさ、これなら、そろそろ馬にも乗れるんじゃないか?
 晴れたら絶対に行こうな!」

「ええ、是非……」

「おう! 約束な!」
 
 シュリの答えにナギが嬉しそうに頷き、隣に立つシュリの肩をポンポンと叩きながら、満面の笑みを見せた。
 だがその直後「一つ聞いていいか?」急にその声が小さくなった。


 空を見上げていた首を、そのままぐるりと室内に向け、それに気が付いたオーバストと視線を合わせると、悪戯っぽくニヤリと笑う。
 次に、拳に握った右手の親指を一本立てる。
 それをクイクイと動かし、オーバストを指さすアクション。

 それまで無表情だったオーバストの眉根がほんのわずか、ピク。と動いた。

 その側近を、いや……その背後に影のように存在するガルシアをわざとあおるように、ナギはじっと男を見据える。
 そして、その視線を外さないまま、そっとシュリの耳元に顔を寄せた。

「……なぁ……ガルシアって、どんなやつ?」
「……ぇっ……」

 耳元で囁かれたいきなりの言葉にシュリは戸惑った。
 思わずナギに顔を向ける。

「ガルシアには『お前の人柄を見に来た』って言ったけどな、本当はガルシアの方を見に来たようなものなんだ。
 お前がここに来たって初めて聞いた時、あの “神国のシュリ” がその地位も務めも全て捨ててまで助けてやろうと思ったこの国とガルシアが、どれほどの人物なのかと……。
 ちょっとした違和感というか……興味が湧いてさ、それで来たんだ」

「……」

「いや、お前にはお前の考えがあるんだろけどさ……。
 申し訳ないが……俺にはアイツがそれほどの人間には見えないんだ。
 確かにうちの親父が一目置くぐらいだ。闘将と言われるだけの度量と腕と、頭脳もあるんだと思う。
 ああ、おまけにとびきりの負けず嫌いさと蓄財の能力もな。
 でもなぁ……何か違うんだよなぁ……。
 なんかさ、俺は今回、ガルシアを初めて見た時から……んー。
 なんというか……んーー……。
 まぁ、あのまま素直に書状を渡す気になれなかったんだ。
 だから、半分思いつきだが、しばらくここに居座ってやろうかと思ってな」

 ナギはそこまで言って、困ったようにうつむくシュリに気が付いた。

「……あ、気を悪くしないでくれ。
 今はもうお前の継父だったな、悪い」

「いえ……」

 この人はもう何かを感じ取っている……。

 あの暗い石牢が脳裏に浮かぶ。
 ガルシアの醜行を思い出す。
 激痛と屈辱が体内を巡る。
 この人に全てを話すことができたら……。
 そう思う気持ちが、心の隅で頭を持ち上げ大きくなる。

 そして、弟の優しい笑顔が……。

 そこまできて、シュリは今にも全て話してしまいそうになる真実を、グッと拳に力を入れて握り潰した。
 
 ……だめだ。
 ジーナを救えるのは自分だけなのだ……。
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