華燭の城

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 ナギが話す “外” の話は、この閉ざされた城内しか居場所のないシュリにとって、とても楽しいものだった。

 それはナギも同じだったようで、現在の国外情勢から他愛もない天気の話、懐かしい学校の話や、自分が仕組んだちょっとした悪戯の話……。
 それが最後には、大失敗に終わるという面白顛末など、時が過ぎるのも忘れ、楽しそうに次々と話題を繰り出しては笑いを誘った。
 
 途中で悪ノリし過ぎ、扉横に控えるヴィルに、
「おい、ナギ! それは皇太子としてどうかと思うぞ?」
 と冗談半分に怒られる場面まであった。

 これにはさすがのラウも苦笑いをこらえきれず、複雑な表情で苦し気に目を伏せるラウを見て、シュリもまたクスリと笑顔になる。

 ラウと一緒に笑いながら、
「“殿下” ではなく、名前を?」
 ヴィルがナギの事を名前で呼ぶのを聞いたシュリの口から、ふと質問が零れた。

 ラウも、最近ようやく自分の事を “シュリ” と抵抗なく呼んでくれる。
 それがとても嬉しかった。
 だからこそ、その本当に何気なく自然体で発せられたヴィルの一言が、心に触れたのかもしれない。

「ああー、ヴィルの家は代々うちの近衛を務める家柄なんだ。
 だからヴィルは産まれた時から、いずれ産まれる皇太子……ああ、俺の事な。
 俺の近衛隊長になるって決まっていたし、実際、俺が産まれて、コイツはなんと7歳で俺の近衛隊長になったんだ。
 それからは、ずっーーーと、一緒。
 あ、ちなみに俺は、個人的には “俺” って言うけど気にするな。
 公の場ではちゃんと “私” って言うからさ。
 まぁこれは、親父がうるさいから仕方なく、なんだけど。
 ……で、ヴィルのヤツ、俺が学校の寄宿舎にいる時も、実は近くに家を借りて住んでるんだぞ? ……どう思う?
 そこまでしなくていいって言ってるのに、俺と離れたくないんだってさ」
 
 そう言って扉横のヴィルに視線を送りクスクスと微笑んだ。 

「いや! それは違うぞ、ナギ!
 あれは、お前を一人にしておくと、何をやらかすか心配だからであって……!」
「あーはいはい!」

 必死に反論するヴィルを笑いながら片手で制し、ナギが向き直る。

「だから俺達は、産まれた時から幼馴染でもあり親友。
 それにヴィルとは乳母兄弟だから、そういう意味でいえば本当に兄弟と言っても間違いじゃない。
 多少、口が悪いのと喧嘩早いのには困ったものだが、ヴィルは俺が一番信頼できる男、だから呼び捨てでいいんだ」

「まぁ、そういう事です。
 同じ乳で育ったにしては、ナギの身長は今一つ……だったけどな」

 急に褒められて照れたのか、ヴィルが話題を変えようと、右手を自分の胸辺りで水平に動かした。

「おいおい! そんな小さくはないだろ!
 お前がデカすぎなんだよ!
 先に乳母の乳を飲んだお前が、栄養を全部持っていったんだろうが!」

 ナギも笑いながらそれに応戦する姿勢で、体を預けていたソファーから身を起こし、少しでも大きくみせようと背筋を伸ばす。

 ナギの言う通り、四人並べばヴィルは、シュリもラウも抜いて、断トツで一番の大男だ。
 続いてラウ、シュリの順でやはりナギは一番低い。
 それでもこの時代の一般成人男性の平均よりは上で、結局、と言う事でその場は丸く収まった。

 ナギはその結果に満足したのか、ふぅ。と大きく息をつき、再びソファーにゆったりと身を委ねると、「俺達はいつもこの調子」と軽く肩をすくめ、隣の、最初から全く気を抜かず姿勢を崩していないシュリに笑い掛けた。

「なぁ、そんなにりきんでると疲れるぞ?
 俺に対して緊張なんてしなくていいし。
 先輩……んー……できれば友人と思ってくれ」

「いえ、それは……」

 シュリが困ったように目を伏せる。
 いくら何でも年上の、帝国皇太子を友人とは恐れ多い。

 それに、皆が笑い合う中でも一度も表情を緩める事なく、眼光鋭くこちらを見ているオーバストが見張り役なのは明白だ。
 二人の会話を一言たりとも聞き逃すまいと耳をそばだて、ガルシアは今も部屋でひとり、ここで話されている内容に気を揉みながら、この男の報告を待っているに違いない。
 そんなオーバストにあまり親密な様子を見せては、後で何と報告されるか……。
 ナギには申し訳ないが、この場は適度に距離を置き、早々に切り上げるのが一番だとシュリは思っていた。

 そして、この時間を終わらせたい理由はもうひとつ。
 夕食前に飲んだ薬が、もう切れかけていた。

 ラウは、深夜までは大丈夫だろうと言っていたが、実際は違う。
 本当は、ラウの思っている半分程度の時間しかもう薬は効かず、それが今のシュリには限界だった。

 ナギに対して返事に詰まったシュリの額には、苦痛の汗が浮かび始めていた……。
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