華燭の城

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 その昼、ナギ達が案内された広間は円卓の間だった。

「円卓だと……?」
 ナギと一緒に入ってきたヴィルが不快感を顕わにする。

 その声が聞こえたわけではないが、すでに中で待っていたシュリが、申し訳なさそうに頭を下げた。
 隣には、世話役だと言っていたラウムと名乗った黒髪の男も一緒だ。
 そして、わずかに遅れて奥の扉が開き、ガルシアも数人の側近を連れて姿を現した。

 ナギは、この芸の細かさに思わず苦笑いをこぼしていた。
 だがそれを笑って済ませられないのがヴィルの気性だ。

「円卓とはなんと無礼な。
 しかも帝国皇太子より後に入ってくるとは!
 それに、ガルシアを呼んだ覚えはないぞ」

 円卓とは文字通り円形のテーブル。
 上座、下座の区別が無く、という意味で使われる。
 入室もホスト家主が先に入り、ゲスト来賓を待つのが常識だ。
 ましてや帝国皇太子を一瞬でも待たせるなど前代未聞、考えられない事だった。

「まぁいいじゃないか、ヴィル。
 一緒に食事がしたいと言うなら歓迎しよう。
 昨日、俺に玉座に座られたのが余程気に入らなかったのだろ」
 そう言ってナギは楽しそうにクスリと笑う。

 わざわざ円卓の広間を指定し、自分より後に入室する事で、自らの自尊心と地位を堅持しようとするガルシアの滑稽な行動に呆れたのだ。


 全員が揃ったところで「ああ、最初に紹介しておく」ナギが軽く後ろを振り向いた。
「これは私の近衛隊長、ヴィルだ。
 しばらく一緒に世話になるから、よろしく頼む」

 紹介されたヴィルは、礼にのっとり頭を下げる。
 それに応えたシュリも目礼を返すが、その時ガルシアは、聞こえていなかったのか……そのフリなのか……早々に席に着き用意されたワインに手を伸ばしていた。
 ヴィルの顔が一段と険しくなる。

「……おい……! 殿下が……」
 言い掛けるヴィルを、ナギは面白がるような笑みで制止した。

 そのまま円卓に着いたナギの後ろには、ガルシアの態度が気に食わないヴィルが不貞腐れた顔で立ち、シュリの後ろにはラウ、ガルシアの後ろにはオーバストという、八方睨みならぬ、三方睨み合いに似た様相で、凍り付くような空気とともに昼食会は、愉快に始まった。
 


「で、シュリは神国へは帰らないのか?
 神儀はどうするんだ?」
 その空々しい雰囲気に、いきなり直球を投げ込んだのはナギだった。
 
 フォークでプツリと刺した鹿肉を口に運びながら、ガルシアの鋭い視線がシュリを目端で捉える。

「私はもうこの国の人間ですから、後は弟に任せております」
 その冷たいガルシアの視線を受けながら、シュリが静かな笑みで答えた。

「ちょっと里帰り……ぐらい構わないと思うがな? なぁ、ガルシア。
 それに弟君って確か、具合が良くないと聞いたが?」

 弟の事まで知っているのか……と言わんばかりに、ガルシアの視線が今度はナギの方へチラと向かうが、返事はせず、そのまますぐに皿へと戻り、黙々と食事を続ける。

「はい、弟は体調を崩しております。
 なので、すぐに神儀を行うのは無理かも知れません。
 ですが、陛下が良い薬を探してくれましたので、今、治療を……この国の医師を、神国へ派遣していただいている所なのです」

 シュリの応えに「ほう……」とナギは一瞬意外そうな表情を見せ、何の反応も示さないガルシアの方をチラリと見た。

「そうか、では私も弟君の全快を祈るよ」

「ありがとうございます」
 
「弟か……。
 私には兄弟がいないので、なんだか羨ましいな。
 だが一度、お前の舞う神儀を見たかったのに残念だ」

「申し訳ありません。
 神儀は弟が立派に受け継ぐと思います。その時は是非」

「ああ、そうしよう」


 自らは積極的に話さないシュリ。
 鋭い眼つきで、ただ黙々と食事をするだけのガルシア。
 見えていないテーブルの下では、互いに剣を抜き、切っ先を突き付け合っているのではないかと思う程の冷酷な空気が満ちた和やかな昼食会を、ナギは面白そうに見ていた。
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