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急遽用意された貴賓室へ向かうナギ達の後に続き、ガルシアとシュリは広間を出た。
すぐ前を行くナギの背中。
見事な金刺繍の飾り緒が揺れる背中を、ガルシアが鋭い眼光で睨みつける。
今夜は最高の夜になるはずだった。
自分の栄光と繁栄を揺るぎない物にしてくれる書状。
だが今、それを受け取るはずだった自分の手には何も無く、それはまだ、手を伸ばせば届きそうな場所……ナギの隣を歩く近衛の手の中だ。
それが腹立たしかった。
だが、それ以上に気に食わないのはこの帝国皇太子。
自分より身分が上の者が、自分と同じ城に居て、しかも自分に臆する事無く、正面から物を言う。
このクソ生意気な皇太子がシュリの知り合いだと……?
何もかもが自分の想定を覆し、何もかもがうまく行かなかった事にガルシアはカラの両手を握り締め、苛立っていた。
「後で来い」
ナギに聞こえぬように、それだけをシュリの耳元で囁いた。
この苛立ちを抑え、発散できるのはシュリの体だけ。
思いきり甚振り、責め立て、鳴き叫ぶ声を聞けば少しは……。
そして何よりも、今まで以上に綿密に口裏を合わせ、釘を刺して置く必要がある。
そう考えていた。
だが、そんな思惑さえもナギの一言で叶わなくなる――。
「なぁ、シュリ。やっぱり、少しだけでも話をしないか?
本当に話したい事が山ほどあるんだ!
私が今日まで、どれほどお前に逢いたかったか!
もちろんお前の部屋で構わないし……ああ、体が辛ければ、シュリはベッドで横になったままでもいい。私が看病してやるぞ」
ナギが屈託のない笑みで振り返り、そう誘ったのだ。
ガルシアが驚きのあまり、一瞬睨むようにナギを見た。
広間から出たシュリを迎えようと側に寄ったラウも、同じく驚きを隠せなかった。
宴に入れないラウは、事の成り行きが理解できていない。
宴の途中、帝国皇太子が、以前から噂になっていた “親書” を持って来た事は知っている。
必然的に中では受書式が行われた、と思っていた。
だが出てきたガルシアの機嫌は、いつにも増して最悪と言っていい程悪く、しかも、帝国の皇太子殿下はあまりにも親し気に『シュリに逢いたくて』と声を掛けている。
いったいどうなっている……。
ナギの前で頭を下げたまま、伺い見たシュリの顔。
その目は、ラウにすがる様に “無理だ” と助けを求めていた。
シュリの体はもう限界だった。
だがそれ以前に、自分の部屋にナギを招くなど不可能なのだ。
あの鉄格子の部屋に……。
「殿下、申し訳ありません。
本当に今夜は、あまり体調が優れず……。
少し休ませていただきたく存じます。
お話はまた明日……」
そう言いながら頭を下げるシュリの体がわずかに揺れるのを、咄嗟にラウが、見えないように背中に手を回し支えた。
「私はシュリ様の世話役、ラウムと申します。
どうか今夜はシュリ様の望み通りに……」
ラウももう一度、静かに頭を下げる。
「そ、そうだ……! シュリは少し休んだ方がいい。
毎日、私の右腕となって公務に忙しいのだから、体調が悪い時はゆっくりと休め」
ガルシアも続く。
近衛のヴィルにさえ、
「そんなに急がずとも、また明日でいいのでは?
どうせしばらく滞在なさるのでしょう?
我々も今日は休ませていただきましょう」
と添えられては、ナギも引くしかなかった。
「そうか……残念だけど仕方ないな。
ではまた改めて声を掛けるから、その時は絶対だぞ!」
また声を掛けるだと……?
ナギの残した言葉に、ガルシアの表情が怒りに満ちていく。
その異変に気が付いたガルシアの側近達がナギを取り囲み……実際には警護する体で、だが……ほぼ強制的に「お部屋はこちらです」と促し、廊下の奥へと消えて行った。
その姿が見えなくなる頃には、シュリの体重はラウの腕に圧し掛かってきていた。
だがまだ倒れるわけにはいかない。
廊下には、たくさんの客や役人がいる。
必死に耐えようとしたが、もう自分ではどうにもならなかった。
シュリの体が小刻みに震え始めるのを見て「陛下……」と、ラウがガルシアを小さく呼び止め “今夜の相手は無理だ” と小さく首を横に振り、目で訴える。
「何だと? お前までワシに……!」
怒りで叫びかけたガルシアだったが、まだ客の目、特に記者の目を気にする分別だけは残っていた。
「……クソッ……! だが、その代わりラウム、お前も判っているな?」
「……はい」
ラウはシュリを支えたまま静かに頭を下げた。
「それから、あの小僧の事もだ」
憎々し気に廊下の先へ……すでに見えなくなっているナギの姿に視線を送った後、ガルシアはジロリと二人を一瞥してそう言うと、残った側近を引き連れ、自室へと帰って行った。
この夜の、シュリとナギの宴での一連のやり取り。
特に、ナギがシュリの事を “自分よりも特別な存在だ” と言い、いきなり抱きしめた事は、記者の手によって瞬く間に城の内外へ、いや、国内外まで、話を多少大きく膨らませながら、たちまちに世間に知れ渡る事となった。
すぐ前を行くナギの背中。
見事な金刺繍の飾り緒が揺れる背中を、ガルシアが鋭い眼光で睨みつける。
今夜は最高の夜になるはずだった。
自分の栄光と繁栄を揺るぎない物にしてくれる書状。
だが今、それを受け取るはずだった自分の手には何も無く、それはまだ、手を伸ばせば届きそうな場所……ナギの隣を歩く近衛の手の中だ。
それが腹立たしかった。
だが、それ以上に気に食わないのはこの帝国皇太子。
自分より身分が上の者が、自分と同じ城に居て、しかも自分に臆する事無く、正面から物を言う。
このクソ生意気な皇太子がシュリの知り合いだと……?
何もかもが自分の想定を覆し、何もかもがうまく行かなかった事にガルシアはカラの両手を握り締め、苛立っていた。
「後で来い」
ナギに聞こえぬように、それだけをシュリの耳元で囁いた。
この苛立ちを抑え、発散できるのはシュリの体だけ。
思いきり甚振り、責め立て、鳴き叫ぶ声を聞けば少しは……。
そして何よりも、今まで以上に綿密に口裏を合わせ、釘を刺して置く必要がある。
そう考えていた。
だが、そんな思惑さえもナギの一言で叶わなくなる――。
「なぁ、シュリ。やっぱり、少しだけでも話をしないか?
本当に話したい事が山ほどあるんだ!
私が今日まで、どれほどお前に逢いたかったか!
もちろんお前の部屋で構わないし……ああ、体が辛ければ、シュリはベッドで横になったままでもいい。私が看病してやるぞ」
ナギが屈託のない笑みで振り返り、そう誘ったのだ。
ガルシアが驚きのあまり、一瞬睨むようにナギを見た。
広間から出たシュリを迎えようと側に寄ったラウも、同じく驚きを隠せなかった。
宴に入れないラウは、事の成り行きが理解できていない。
宴の途中、帝国皇太子が、以前から噂になっていた “親書” を持って来た事は知っている。
必然的に中では受書式が行われた、と思っていた。
だが出てきたガルシアの機嫌は、いつにも増して最悪と言っていい程悪く、しかも、帝国の皇太子殿下はあまりにも親し気に『シュリに逢いたくて』と声を掛けている。
いったいどうなっている……。
ナギの前で頭を下げたまま、伺い見たシュリの顔。
その目は、ラウにすがる様に “無理だ” と助けを求めていた。
シュリの体はもう限界だった。
だがそれ以前に、自分の部屋にナギを招くなど不可能なのだ。
あの鉄格子の部屋に……。
「殿下、申し訳ありません。
本当に今夜は、あまり体調が優れず……。
少し休ませていただきたく存じます。
お話はまた明日……」
そう言いながら頭を下げるシュリの体がわずかに揺れるのを、咄嗟にラウが、見えないように背中に手を回し支えた。
「私はシュリ様の世話役、ラウムと申します。
どうか今夜はシュリ様の望み通りに……」
ラウももう一度、静かに頭を下げる。
「そ、そうだ……! シュリは少し休んだ方がいい。
毎日、私の右腕となって公務に忙しいのだから、体調が悪い時はゆっくりと休め」
ガルシアも続く。
近衛のヴィルにさえ、
「そんなに急がずとも、また明日でいいのでは?
どうせしばらく滞在なさるのでしょう?
我々も今日は休ませていただきましょう」
と添えられては、ナギも引くしかなかった。
「そうか……残念だけど仕方ないな。
ではまた改めて声を掛けるから、その時は絶対だぞ!」
また声を掛けるだと……?
ナギの残した言葉に、ガルシアの表情が怒りに満ちていく。
その異変に気が付いたガルシアの側近達がナギを取り囲み……実際には警護する体で、だが……ほぼ強制的に「お部屋はこちらです」と促し、廊下の奥へと消えて行った。
その姿が見えなくなる頃には、シュリの体重はラウの腕に圧し掛かってきていた。
だがまだ倒れるわけにはいかない。
廊下には、たくさんの客や役人がいる。
必死に耐えようとしたが、もう自分ではどうにもならなかった。
シュリの体が小刻みに震え始めるのを見て「陛下……」と、ラウがガルシアを小さく呼び止め “今夜の相手は無理だ” と小さく首を横に振り、目で訴える。
「何だと? お前までワシに……!」
怒りで叫びかけたガルシアだったが、まだ客の目、特に記者の目を気にする分別だけは残っていた。
「……クソッ……! だが、その代わりラウム、お前も判っているな?」
「……はい」
ラウはシュリを支えたまま静かに頭を下げた。
「それから、あの小僧の事もだ」
憎々し気に廊下の先へ……すでに見えなくなっているナギの姿に視線を送った後、ガルシアはジロリと二人を一瞥してそう言うと、残った側近を引き連れ、自室へと帰って行った。
この夜の、シュリとナギの宴での一連のやり取り。
特に、ナギがシュリの事を “自分よりも特別な存在だ” と言い、いきなり抱きしめた事は、記者の手によって瞬く間に城の内外へ、いや、国内外まで、話を多少大きく膨らませながら、たちまちに世間に知れ渡る事となった。
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