華燭の城

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 中央の絨毯の上をゆっくりと歩きながら入って来たのは、一人の青年。

 年は、シュリより少し上に見えるが、身に着けた略式用の白い軍服には帝国の勲章がいくつも並び付き、それが広間の煌びやかな明かりで見事に輝き揺れていた。
 
 年に似合わず堂々とした足取りは、やはりシュリ同様、生まれ持った王の品格という物だろうか。

 その青年は玉座のある広間の最上段まで来ると、ガルシアの方を向いた。
 数歩後ろについている大柄な男が近衛隊長らしく、こちらは黒の軍服を着用し、手には親書が入っているとおぼしき筒を持っている。


「ガルシア、息災か?
 皇帝閣下より書状を預かって来た」
 よく通る声だった。

「遠路遥々、私如き者の為に、殿下自ら足を運んで頂き真に光栄に御座います。
 有り難く拝領させて頂きます」

 ガルシアがうやうやしく口上を述べ、深く腰を折り、頭を下げ両手を差し出した。
 それに続き、シュリも、他の列席者も全員が頭を下げる。
 今、頭を上げているのは、当の皇太子と、近衛隊長、この瞬間を写真に撮ろうと狙っている新聞記者だけだ。
 音楽も止まった会場内はシンと静まり返り、その時を待っていた。

 だが頭を下げたまま待つガルシアのその手には、いつまで経っても何も載せられない。
 記者達も、おや? と言う表情で構えたカメラを次々に下ろし、場内にもザワザワとした空気が流れ始める。

「あの……殿下。書状をお渡し下さい……」
 とうとう痺れを切らしたガルシアが、チラと斜めに顔を上げた。

 そのガルシアにナギは小首を傾げ、フッと微笑んだ。

「今、着いたばかりだぞ、急かすな」
 
 そう言うと、そのままクルリと背を向け玉座に腰を下ろし、ふぅと一つ大きく息を吐いた。

「思ったより長旅で少々疲れたんだ。
 それに、そのシュリの人柄を見て来いとも閣下に言われている。
 とりあえず数日、ここにゆっくり滞在させて欲しい。
 書状の受け渡しはそれからでもいいだろう?」

 そう言うとナギはシュリを見て、ニッコリと微笑んだ。

「シュリ、こっちへ」
 問いかけたにもかかわらず、ガルシアの返事を待たないのは、ガルシア側に拒否権はないからだ。

 呼ばれたシュリは「はい」と小さく返事をし、茫然とするガルシアの横を抜け、ナギの前に歩み出て、玉座の下で跪く。
 右手を左胸に当て最礼を尽くすシュリを見てナギは満足そうに頷いた。

「シュリ、顔を上げて……私に見せてくれ」
「……はい」

 シュリがゆっくりと顔を上げると、ナギの表情はみるみるうちに一変した。


「シュリ! やっと会えたな!」 
「……?」

 嬉しさを通り越し、喜々とした笑顔で自分を見つめてくるナギに、シュリはただ不思議そうにその顔を見上げるだけだ。

「わからないか? これでも同じ学校の先輩なんだけどな、私は。
 まぁ仕方ないか。
 あそこは各国の王族だとか貴族だとか、凄い身分の者ばかりだし、私程度の “たかがいち帝国の皇太子” なんて珍しくもないから、シュリが私を知らなくても当たり前だ。
 だが、私は知っていたぞ?
 “神国のシュリ皇子” は、帝国の皇太子などとはワケが違う。世界にたった一人なんだ。
 学校でも入学して来た時から、密かな有名人だったんだぞ、お前は」

 満面の笑みで一気にそう告げた。

 それはシュリにとっても初耳だった。 
 確かに自分のいた寄宿学校は、その方面では名の知れた有名校だ。
 ほとんどと言っていい程の生徒が何らかの称号を持ち、どこかの国の皇太子同士が隣の席……が当たり前だった。
 だから自己紹介でも、わざわざ自分の国や身分を名乗ったりしない。

 そういう生徒ばかりだから、学校側も生徒に関する情報は厳重に管理され最高機密扱いで、一切何も公表しない事が徹底されている。
 国に居れば何かと制約が付き纏う事が多い日常で育った者同士だからこそ、その “ただの生徒” として扱われる事を望み、学校もそれを推奨していた。
 まして、数百を超える生徒の中で、学年の違う上級生に誰が居るのかなど、知るよしもなかった。


「……そうだったのですか。
 お心にかけて頂き光栄です」

 シュリが上げた頭をもう一度下げる。

 その返事にナギは満足そうに何度も「うんうん」と頷くと、
「ではガルシア、そういうことだ、数日よろしく頼む」
 ガルシアへ顔を向けた。

「……はっ……。仰せの、ままに……」

 ガルシアは、乾いた口でそれだけ返事をするのがやっとだった。
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