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その時は唐突にやってきた。
いつもと同じ宴の最中、側近の一人がガルシアに走り寄り、何事かを耳打ちをすると、
「おお、やっと来たか!」
ガルシアの表情が喜へと一変した。
他国の外相と談笑していたシュリにもその声は届いた。
城内でも “皇帝閣下から直々に届く親書” の話は、随分前から、あちらこちらで噂され、ガルシアがそれを待ち望んでいる事も知られている。
帝国の使者……。
シュリは虚無感の中でそう思った。
これでガルシアの行為が、公然と認められた正当なものであるというお墨付きを得る。
神国に砲を向けた事。
自分が、民や家族を人質に、脅され連れて来られたという事実。
そんな事など何も知りもせず、全てが無かった事になり、隠蔽され、それどころか、肯定され、称賛される。
そして歪められた真実は、もう二度と表に出る事はないのだろう。
そう思うと、怒りと悔しさが込み上げてくる。
しかし、だからと言って今の自分にはもう何もできない。
使者の書があろうと無かろうと、自分にはもう関係無い。
ただ、これからも、毎日あの石牢での責めが続くだけ……。
そんなシュリが一番に思ったのは、今夜は少しは眠れるかもしれない……ただそれだけだった。
「使者は何人だ?
段取り通り上手くやれよ」
気の早い来賓からの早々の祝辞を受けながら、ガルシアが側近に小さく耳打ちをする。
「それが……陛下……」
男は俯き、言い淀んだ。
「どうした、さっさとしろ」
「それが、誠に申し上げ難いのですが……。
使者は二人だけなのです」
「たった二人だと?」
ガルシアの眼光が鋭くなった。
たった一通の書状とはいえ、それは皇帝閣下直々の王印のある書。
王印があるという事は、それ自体が皇帝閣下の御言葉となる。
しかもこの大国の王である自分宛の親書なのだ。
使者は、相応の身分の高官が少なくとも十人以上。
護衛がいればもっと多いかもしれない。
きっと到着が遅いのも、それだけの人数を揃えるためだ。
それらを、大勢の記者や列席者が待つ宴の場に仰々しく迎え入れ、すぐに盛大な受書式を行うのだ。
玉座に腰を下ろした自分に跪く帝国の使者達。
その口上を聞き、頷き、たっぷりと時間を掛け、尊大に親書を受け取ってやる。
……そう思っていた。
それがたった二人……?
“軽く見られた”
咄嗟にガルシアはそう思った。
その眼光に怯えた下位の側近はビクリと視線を震わせ、慌てて次の言葉を繋いだ。
「いや、しかしその二人というのが……。
帝国皇太子、ナギ殿下と、その近衛隊長だそうで……」
ガルシアの表情が変わったのは二度目だった。
「なんと! 帝国皇太子殿下、御自ら!
私のために遠方よりお越し下さったのか!」
大きく声を張り上げ、わざと皆に聞こえるように広間に響いたその声に、会場中が驚きと称賛に沸く。
「皇太子殿下が自らお出ましとは! さすが陛下!」
「閣下はさぞ陛下にお目を置かれているのでありましょうなぁ!」
その称賛の声をガルシアは満足の笑みで誇らしげに受け取ると、
「では早速、受書の式を執り行う! 早くお通ししろ!」
そう側近に、そして皆に聞こえるように告げた。
当初の自分の予定とは少し違っていたが、ガルシアは、いつもの最上段に設えた玉座を下り、一段低い左脇に控えていた。
相手は帝国皇太子。
ならばこちらが格下、仕方がない。
その横ではシュリが半歩ほど下がった位置で黙って床を見つめている。
この日に備え待機させていた記者が、広間に入った事を確認して、ようやくガルシアは楽団の指揮者へ目で合図を送った。
演奏が一層華やかになり、その音楽と同時に、重厚な扉がゆっくりと押し開らかれた。
いつもと同じ宴の最中、側近の一人がガルシアに走り寄り、何事かを耳打ちをすると、
「おお、やっと来たか!」
ガルシアの表情が喜へと一変した。
他国の外相と談笑していたシュリにもその声は届いた。
城内でも “皇帝閣下から直々に届く親書” の話は、随分前から、あちらこちらで噂され、ガルシアがそれを待ち望んでいる事も知られている。
帝国の使者……。
シュリは虚無感の中でそう思った。
これでガルシアの行為が、公然と認められた正当なものであるというお墨付きを得る。
神国に砲を向けた事。
自分が、民や家族を人質に、脅され連れて来られたという事実。
そんな事など何も知りもせず、全てが無かった事になり、隠蔽され、それどころか、肯定され、称賛される。
そして歪められた真実は、もう二度と表に出る事はないのだろう。
そう思うと、怒りと悔しさが込み上げてくる。
しかし、だからと言って今の自分にはもう何もできない。
使者の書があろうと無かろうと、自分にはもう関係無い。
ただ、これからも、毎日あの石牢での責めが続くだけ……。
そんなシュリが一番に思ったのは、今夜は少しは眠れるかもしれない……ただそれだけだった。
「使者は何人だ?
段取り通り上手くやれよ」
気の早い来賓からの早々の祝辞を受けながら、ガルシアが側近に小さく耳打ちをする。
「それが……陛下……」
男は俯き、言い淀んだ。
「どうした、さっさとしろ」
「それが、誠に申し上げ難いのですが……。
使者は二人だけなのです」
「たった二人だと?」
ガルシアの眼光が鋭くなった。
たった一通の書状とはいえ、それは皇帝閣下直々の王印のある書。
王印があるという事は、それ自体が皇帝閣下の御言葉となる。
しかもこの大国の王である自分宛の親書なのだ。
使者は、相応の身分の高官が少なくとも十人以上。
護衛がいればもっと多いかもしれない。
きっと到着が遅いのも、それだけの人数を揃えるためだ。
それらを、大勢の記者や列席者が待つ宴の場に仰々しく迎え入れ、すぐに盛大な受書式を行うのだ。
玉座に腰を下ろした自分に跪く帝国の使者達。
その口上を聞き、頷き、たっぷりと時間を掛け、尊大に親書を受け取ってやる。
……そう思っていた。
それがたった二人……?
“軽く見られた”
咄嗟にガルシアはそう思った。
その眼光に怯えた下位の側近はビクリと視線を震わせ、慌てて次の言葉を繋いだ。
「いや、しかしその二人というのが……。
帝国皇太子、ナギ殿下と、その近衛隊長だそうで……」
ガルシアの表情が変わったのは二度目だった。
「なんと! 帝国皇太子殿下、御自ら!
私のために遠方よりお越し下さったのか!」
大きく声を張り上げ、わざと皆に聞こえるように広間に響いたその声に、会場中が驚きと称賛に沸く。
「皇太子殿下が自らお出ましとは! さすが陛下!」
「閣下はさぞ陛下にお目を置かれているのでありましょうなぁ!」
その称賛の声をガルシアは満足の笑みで誇らしげに受け取ると、
「では早速、受書の式を執り行う! 早くお通ししろ!」
そう側近に、そして皆に聞こえるように告げた。
当初の自分の予定とは少し違っていたが、ガルシアは、いつもの最上段に設えた玉座を下り、一段低い左脇に控えていた。
相手は帝国皇太子。
ならばこちらが格下、仕方がない。
その横ではシュリが半歩ほど下がった位置で黙って床を見つめている。
この日に備え待機させていた記者が、広間に入った事を確認して、ようやくガルシアは楽団の指揮者へ目で合図を送った。
演奏が一層華やかになり、その音楽と同時に、重厚な扉がゆっくりと押し開らかれた。
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