華燭の城

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「ガルシアが……全てを……」

 思わずポツリと呟いたシュリだったが、それでも “すでにこの国にある” という事実は朗報だ。
 “これから世界中を探し回らなければならない” と言われるよりは余程良い。
 これでジーナを救えるのだから……。

 しかし……。

「『領土にした』と言うのは、ガルシアが戦を仕掛け、力尽くで奪い取った……という意味だよな……」
「はい」
「そんな貴重な薬草が、偶然にも侵略した国に……」

 皮肉な話だと思った。
 侵略など、ただ自国を大きくするための戦など、シュリは絶対にあってはならないと思っている。
 もし仮に、そこに武力行使が無かったとしても、その陰に泣く多くの人々が絶対にいるのだから。
 表には出ずとも……自分のように。
 だが、そのおかげでジーナが救われるのもまた事実……。

「今は……。
 ガルシアに感謝……と言うべき、なのだろうな……」

 思わず苦々しい表情を浮かべたシュリに、
「感謝すべきは神にもです。
 シュリが、ジーナ様の事をずっと案じていらしたから、このような事が、偶然という形であっても起こったのです。神のご加護があったのですよ」

 ……神……。

 かつてはその神を自身に宿し、現世の化身として、皆の幸福のためにその身を捧げた自分。
 だが今は、痛みと凌辱、屈辱を受け続ける毎日。
 これほどの苦しみの中で、この世に本当に神はいるのかと……そう思った事も、また事実だった。


「ジーナ様の薬はもう手配を済ませましたから、もうすぐ一回目の薬が神国へ届くでしょう。
 どれほどで効果が出るかは個人差もあり断定できませんが、早くて数ヶ月、長くても数年……。
 その薬を欠かさず飲んでいただければ、必ずお元気になられるだろうと」

「神は……やはり、おられたのだな……」

「ええ。
 ただし、どんな薬にも副作用はあります。
 幼いジーナ様も、病いと戦っていただく事になります。
 そして、一度投薬を始めてしまうと途中では止められません。
 止めるとその反動で一気に……今以上に容体が悪くなり、最悪の事も有り得ると……」

 シュリが顔を曇らせ、眉を顰めてラウを見た。
 そんなシュリの手にラウが手を重ねる。

「ですから……これから数ヶ月、数年という間、どんなにお辛くとも、それを続ける御覚悟がお有りかと……。
 養父が、ジーナ様に尋ねたそうです」

「ジーナに……?
 それで……? ジーナは何と……!?」

「『兄様が遣わしてくださったのだから、どんなに辛くても治してみせる』と、気丈に答えられたそうです」

「ジーナが……。……そうか……」

「まだお小さいのに、本当にお強い方だと、養父も驚いておりました」

「……ああ、ジーナは……今までずっと苦しんできたのだ。
 私以上に強い子だ……。
 元気になれば、神儀も立派に、継承できるだろう……。
 これから……まだ先も長いが……ラウの御父上にも…………どうかよろしくと…………」

 傷が痛み始めたのか、シュリが苦しそうに肩で息をする。

「シュリ、大丈夫ですか?」
「……ラウ……薬を……」
「……そうですね。少し話しすぎました」

 ラウがポケットから懐中時計を取り出し、時刻を確かめると、前回からゆうに6時間以上は経っている。
 
 側に水を置き、薬包を解き、ラウはそっとシュリの頭を抱き起す。
 小さく開かれた口に薬と水とを少しづつ含ませて、再びベッドへ横たえた。

 もうこの薬にも慣れたのか、シュリは以前のように副作用で苦しみもがく事もなく、時折、苦痛に顔を歪めるものの、目を閉じたまま、じっと静かにそれが効くのを待っている。

 ……シュリ……?

 これを飲まなければ、耐えられない痛みだという事はラウにもわかっている。
 だが、慣れるのが早すぎでは……。
 ラウの中に言い知れぬ不安が湧き上がる。

 シュリの額に浮かぶ汗を拭いながら、
「……用量は必ず守ってくださいね」
 念を押すように、それだけを強く告げた。


 ラウも帝国の使者に対しては怒りを覚えている。
 一度連絡があったきり、その後、何の音沙汰も無い。
 そのせいで、ガルシアの怒りは日々増しているのだ。

 主役たるシュリは、宴を休む事が許されない上に、毎夜のあの石牢での責め……。

 いつまで続くのか……。
 使者はいつ来るのか……。
 早く来てくれなければ……。
 早く……早く……。
 
 それだけを思っていた。
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