華燭の城

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 昼前になって、ラウはようやく自分の仕事を終えると、そっとシュリの部屋の扉を開けた。
 シュリはまだ薬で眠っている時間だが、そろそろ暖炉の火が落ちてしまう。

 起こさないように暖炉の側へ行き薪を足すと、パチパチと爆ぜ、炎が揺らぎ始める。
 二つとして同じ形を成し得ない炎が、次々と色を変え、生まれては消えていく。
 その炎を見ていると、色々な憂惧ゆうぐをほんの少しだけ忘れる事ができる気がした。


「……ラウ……少しは眠ったか……?」
 振り返ると、シュリが横たわったままこちらを見ていた。

 シュリが起きた事にも気が付かないとは……。
 自分は思っている以上に、ぼんやりとしていたのかもしれない。
 フッと苦笑いをこぼしながら、杖を支えに立ち上がった。

 ベッドの側まで行き、傍らの椅子を引き寄せながら、
「ええ、眠りましたよ。
 シュリは? 眠れましたか?」

 シュリの右手を包むように両手で握ると、ラウの顔を見つめていた目が安心したようにゆっくりと閉じ、コクンと頷いた。
 
 ラウも同じように頷くと「傷を見ますよ」そう言って握った右手をそっとシュリの体の横に置き、上掛けを腰のあたりまで引き下げる。


「シュリ、今日は良い報告があるのですよ」
 シャツのボタンを一つずつ外しながら、ラウは返事を待たずに話し続けた。

「昨夜遅く、ジーナ様の元へ派遣していた医師団が戻って参りました」
「……!」
「動かないでください」
 
 思わず体を起こそうとしたシュリの腕にそっと手を添え、横になるように促すと、シュリは大人しくその手に従い、頭を枕に置き、顔だけをラウに向ける。

「それで……ジーナは!?
 父王は……皆の様子は……!」

「国王、皇后共にお元気だそうです」
 そう言うラウの微笑みは優しい。

「急な医師団の訪問に最初は驚かれたそうですが、今回の医師団が、シュリ様の命で来たと告げると、国王もそれは安堵され喜ばれたとか。
 こちらの医師団にも監視がついておりますので、込み入った話しは難しいようですが『神国の他の者も皆、変わりなく暮らしているから案ずるな』と、国王よりシュリ様へのご伝言です」


 実は今回、医師団が神国へ派遣されるにあたり、シュリは事前に、父王宛の手紙を書いていた。
 だがそれは、ガルシアの検閲の名の元に一笑に付せられ、あっけなく目の前で破り捨てられた。
 そのために、神国にとっては、いきなりの医師団の訪問だった。


「そうか……皆無事か……。よかった……。
 ……それで、ジーナの病気は……」

「はい。先日申し上げたあの医師が知っている病に間違いないそうです。
 珍しいご病気だそうですが、幸いにも治せる薬があるとか」

「それは本当なのか!」

「ええ。
 実はその薬草、私も名前だけは存じておりますが、かなり稀少な物で、なかなか見つけることも難しいのです」

「見つけ……られない……って……」

 シュリの顔が不安に曇り、ラウをじっと見つめる。

「ご安心ください。
 それが偶然にも、二年程前に我が国が領土とした国に自生しているのが見つかっているのです」

 その言葉を聞いたシュリの体からスッと力が抜ける。
 小さく息を吐き、安心したように目を閉じるシュリの額にラウの指がそっと伸び、柔らかな前髪に触れた。
  
「世界でも珍しい物なので、本来なら市場にも出ず、貿易で手に入れる事も難しいのですが、そこはもう我が国の領土。
 ジーナ様の病を治す量は充分に手に入るだろうと、養父も申しておりました。
 貴重な価値ある薬ゆえに、その全てを陛下が管理されていますが……」
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