華燭の城

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「本当にこれを、好きにしてもよろしいので?」
 シュリを見上げていた首をグルリと回し、男が振り返る。

「ああ、存分に楽しんでくれ。
 その代り、約束は必ず守れよ」

「勿論ですとも。
 これだけの上物で遊ばせていただけるのなら、我が軍の情報など、いくらでもお安いもの……」
 言い終わらぬうちに男は、シュリの体に巻かれた包帯をむしるように解き始めていた。
 
 傷だらけの上半身が剥き出しになると、男はニヤニヤと口元を緩める。
 そして「これは?」と、シュリの首にかかる古い鍵を摘み上げた。

「ああ、部屋が汚れぬように奥に石牢があるのだ。
 お前も使いたければ、行ってみるがいい」

「……いけません! 陛下!」

 酒が入り上機嫌のガルシアの声を遮るように、扉横に立ったままだったラウが我慢しきれず声を上げた。

「おい、ラウム。ワシに何か文句があるのか?
 早く鍵を開けて部屋の準備をしろ。客人がお待ちかねだ」
 
「陛下! それだけはお止めください!」
「うるさいぞ。聞こえないのか?」
「……しかし!」
「……ラウ! 止せ!」
 食い下がるラウを止めたのは、シュリの声だった。

 昼間、嬉しそうに弟の話をしていたシュリ。
 その様子は、今でもラウの目に焼き付き、何があっても弟を救うのだという気持ちは、十分過ぎる程判っている。

 だが……。

 ラウは拳を握り締めた。
 ガルシアに逆らう事はできなかった。
 諦めたようにシュリの元へ歩み寄ると、首から鍵を外し、悔しそうに目を伏せたまま奥の部屋へと向かった。


 ラウが石牢の燭台に火を灯し戻って来ると、ガルシアはゆっくりと立ち上がり、体が触れる程の眼前で、ラウの前に立ちはだかった。

「お前は入るな。
 シュリが弄ばれる様を、お前は見たくもないだろうからな?
 今夜は自分の部屋で待っていろ。
 終わったら連絡する。
 シュリには、報いを受けさせねばな」

「……報い……」

 ラウがハッと顔を上げた。

「判らぬとでも思うたか?
 身に覚えが無いとは言わせんぞ。
 誰がシュリをと言った?
 ワシは『跪かせ、口で奉仕する事を覚えさせろ』と言ったのだ。
 その命に背いた罰だ」 

 ガルシアが氷のような目で見ていた。


 ガルシアは……。
 シュリが、自分に抱かれた事に気が付いている……。

 元々、感の鋭いガルシアだ。
 自分の獲物に、自分の許可なく、横から他の者の手が付いた事を黙認するはずなどないのだ。
 黙って視線を落としたラウの手から、ガルシアは奪うように鍵を取り上げた。

 シュリとすれ違い様、ラウが小さく「申し訳ありません……」と呟いたが、その声にシュリは一瞬立ち止まっただけで、黙って首を横に振る。

「さっさと行け」

 ガルシアがシュリの体を石牢へと押し入れ、そのあとに二人が続くと、ガチャリと中からカギが掛けられる音がした。


 ラウはそのまま部屋を出た。
 王の命令なのだ。
 それに鍵を掛けられてしまっては、ここに居てもできる事はない。
 また大量の薬が必要になるかもしれない……。
 あの陰湿な男の目を思い出し、言いようの無い不安に駆られながら、扉番が無言で開けた黒扉から、絨毯敷きの廊下へと出た。


「……ラウム!」
 部屋に戻る途中、ラウは名前を呼ばれハッと我に返った。
 ぼんやりとしていたつもりは無かったが、いつから呼ばれていたのか、呼んだ声はもう目の前に来ていた。

「何を呆けている。
 陛下はどこだと聞いている」
 
 声の主はあのオーバストだ。
 ガッチリとした体格。
 身長こそ大差ないが、その体つきのためか、ラウより一回り大きく見える。

「……陛下は、あの部屋だ」

 宴の場にも入り、いつもガルシアの側にいるこの男は私兵のトップ、側近長だ。
 その立場上、あの部屋の存在も、ガルシアの性的嗜好も全てを把握している。
 実際に神国からシュリを護送してきたのもこの男。
 その事を判った上での、ラウの返事だった。

「……今夜は他国からの客人が居られる。
 行かない方がいい」

 その答えにオーバストの表情も変わった。

「他国の客人? あの部屋に?」

 そのまま無言で歩き始めたラウに、オーバストはもう何も言わなかった。
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