華燭の城

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 ギリギリまで自分の部屋でシュリを休ませたラウは、落ち着きを取り戻したシュリを連れて部屋に戻り、宴の支度をしていた。

「陛下のお側にあがられる時は、必ずこれをお忘れにならないように。
 陛下は、シュリ様が言い付け通り、これを持っているかどうかをいつお試しになるかわかりません。
 もし持っていないと……」

 シュリの首に、あの石牢の鍵を掛けながらラウが言う。
 それは、ラウ自身の経験から来るものだった。

「わかっている……」
 小さく頷くシュリの、白い包帯が痛々しく巻かれた体に古い鍵が揺れる。

 ラウが後ろで広げたシャツに袖を通し、上から宴の装いを重ねていくと、そこには全ての傷を隠し包んだ神の子……美しき皇子がいた。

 
 着替えが終わるとラウは「これを……」とオルゴールにも似た小さな木箱を差し出した。
 蓋を開けると、中には茶色の小瓶と、その横には一錠ずつ丁寧に畳まれたあの小さな紙包み。
 瓶の中には親指の先程の大きさの白い錠剤になった薬が、こちらは包まれる事なく、そのままの形で数多く入っている。

「お部屋で飲まれる時は瓶の物を。
 出られる時には包みの方を、それぞれお使いください」

「……ありがとう」
 シュリはその箱を受け取り、ベッドサイドのテーブルへ置くと、中から包みの方を一つ取り出し、それを上着のポケットへそっと忍ばせた。



 宴の間はまだ薬が効いているのか、酷い痛みを覚える事も無く、無事に終えようとしていた。

 立食パーティー形式のこの宴。
 シュリの本質を試そうと寄ってくる学者肌の者、その体に触れ、神の御利益を授かろうと手を伸ばす者、日によって様々な客がいる。
 雑踏の中で、今、不用意に体に触れられては、いくらシュリであっても、薬が効いているとはいえ、その表情は痛みに歪んだ事だろう。
 
 だが今夜、幸いだったのは、いつにも増して研ぎ澄まされたシュリの美しさに皆、気後れするのか、安易に触れようとする者が居なかった事だ。
 来賓達は、シュリの美しさと聡明さに、ただただ陶酔し、感嘆し、そしてガルシアを褒めたたえながら、遠巻きに見つめるだけだった。


 その客の反応に、ガルシアは上機嫌で大広間を出た。
 
 その後ろ、シュリが続いて外へ出ると、廊下に控えていたラウがすぐさま走り寄った。
 心配そうにシュリの額に手をあて、体温を確かめながら顔を寄せた。

「大丈夫でしたか? 熱は……?
 痛みはありませんか……?」

「ああ、大丈夫、心配するな」

 周囲に聞かれぬように、小声で尋ねるラウに、シュリが微笑みながら頷く。

「ほう……」
 その様子をガルシアの湿った目がじっと見ていた。

 そのまま二人の元に寄り、ラウから奪うように、グイとシュリの体を抱き寄せる。

「……んっ……!」

 強く抱きしめられ、傷の痛みにわずかに声を漏らしたが、シュリはそのまま、驚きもせず、嫌がりもせず、ただじっと人形のように無表情で、されるがまま立っていた。
 シュリのした事と言えば、わずかに顔を背けた事ぐらいだ。

 そんなシュリに、表向きは「ご苦労だった」と息子を抱きしめ、褒めいたわる父親を装いながら、
「随分と気心がしれたようだな。
 ラウムの調教はどうだ?
 “神” などとうたってはいても、所詮お前も、ワシにハメられ善がるただの色欲旺盛な情痴に溺れるオス
 長年、男の為だけのとして躾けてきたあの妖艶な体には、さすがのお前も欲情したのではないか?」
 ガルシアはニヤリと嗤いながら低い淫猥な声で、シュリの耳元でそう囁いた。

 その言葉にシュリの顔色が変わった。

「ガルシア……! 貴様! ラウを何だと……!」
 目の前のガルシアをグッと睨みつけ、その胸元を掴もうとした。

「……シュリ様!」
 だがそれを短く止めたのはラウだった。

 ガルシアの後ろ、少し離れた場所ではあったが、宴から引き揚げようとする客達が廊下に溢れていた。
 その者達が、シュリとの別れを惜しむように、まだこちらを熱い眼差しで見つめている。
 それに加え、ガルシアの側近……私兵や、多くの使用人も廊下に控えている。


「今夜も待っているぞ」
 何も言い返せないシュリの耳元でガルシアはそれだけ言うと、身をひるがえし、廊下の奥へと消えていく。

 それを見ていた来賓達からは、
「微笑ましいですなぁ」
「本当の親子のようで」
 と、感嘆の声が聞えていた。
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