華燭の城

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 使用人棟と呼ばれる館の一角にあるラウの部屋。

 全てが石造りに見えていた城内の館だったが、意外な事に室内は木造りだった。
 いや、元々、木造建築だった物の外側だけを戦に備え、上からぐるりと石で囲ったと言うべきだろうか……。

 その木造の、決して充分な広さとはいえない部屋には、小さな窓がひとつとベッドに机、椅子。
 あとは衣類を置く棚ぐらいしか家具らしきものはないが、今、自分の寝ているこの部屋の奥にも、もう一つ部屋が続いているのか……出入口の他に別の扉も見えていた。
 床も壁も、使われている木材が薄いのだろう。
 廊下を行き交う人の気配も感じられ、わずかに薬品のような匂いもする。


「……これは……薬の匂い……」
「あ、申し訳ありません。
 ご不快でしょうが、しばらくここで御辛抱を……」

 確かに、多くの薬剤が混ざり合い、決して良くはない匂いだ。
 慣れない者が不快に思っても仕方がないと、ラウが頭を下げる。

「それは構わない……。
 でも、ラウ……自分の部屋で薬を……?」

「はい、隣の小部屋で調合しています。
 危険な薬品も多くありますので、あそこにはお近付きにはならないように……」
 ラウが、奥に見えていたもう一つの小さな扉に視線を送る。

「危険……」

 ラウの言う通りだった。
 そこはどう見ても、薬品を扱うのにふさわしいと言える場所ではない。
 簡素な木造の部屋で、小さな窓がたった一つのこの部屋では、十分な換気さえできないだろう……。
 こんな場所でいつもラウは、自分のために薬湯を作り、そしてここで眠るのだ。
 薬品の知識があまりないシュリにでも、ここで日々を暮らす事が、どれほど体に悪い事なのかぐらい容易に判る。

「ラウ……」
 横になっている自分を覗き込むように見るているラウの顔に、シュリの両手が伸びる。
 その頬に触れ……そのまま引き寄せた。

「……シュリ……様……?」
 横たわったまま、首にしがみつくように、シュリがラウを抱きしめていた。

「……どうされました?」

 そう問われても、自分でも判らなかった。

 出会った日から、いつも側で献身的に支えてくれる “感謝” の思い。 
 だが、それだけでは伝えきれないこの気持ち……。
 胸が苦しいほど締め付けられるこれは何なのか……。

 無意識の中で、それが何なのかシュリ自身もハッキリと判らないまま、唇が……ラウの唇を求め、そっと触れた。

 自分でも、なぜこんな事をしたのかわからない。
 抱きしめたラウの体が、ピクンと動いたのがわかったが、今はただ、そうしていたかった。

「……あまり力を入れられては傷に障ります」
 そんなシュリの気持ちをよそに、ラウはそっとシュリの肩を押し戻し、いつもよりも一層静かな声でそう言った。

 シュリの顔が見える距離まで離れると、その目をじっと見据え、
「眠っておられる間に薬湯を固形にしてみました。中に一錠入っています。
 これなら容易に持ち歩けますし、今日のような事があっても……外へ出られる時でも安心かと」

 そう言って、何事もなかったかのように、シュリの手に小さく折り畳まれた白い紙を一包乗せ、握らせた。

「ラウ……」
 何か言いかけたが、それは言葉にならない想いだった。

「よろしいですか? 一錠で一回分です。
 もうおわかりでしょうが、副作用がかなり強い物です。
 後でお部屋にもお届けしますが、必ず用量は守ってください」

 黙り俯くシュリに一方的に説明をすると、
「今夜からまた宴があります。それまでもうしばらくここでお休みください。
 私はもう少し、この薬を作っておきますので」

 そう言って立ち上がり、隣の小部屋へ入って行くと、カチャリと中から鍵の掛かる音がした。
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