華燭の城

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 二人が兵士達の側まで行くと、
「シュリ様だ……!」
 誰となく声がして、皆が素振りの手を止めた。

 シュリが「一緒に稽古をしたい」と声を掛けると士官は驚いた表情を見せたが、一番近くにいた、まだ14、5歳の若い兵は、
「……で、ではこれをお使いください!!」
と、深々と頭を下げ、嬉しそうに自分の剣を差し出した。

「シュリ様……!」
 お体が……と言い掛けてラウは慌てて口をつぐむ。

 そんなラウにふっと微笑み、シュリが列の端に並び一緒になって剣を振り始めると、広場に歓声が上がった。


 借りた剣は実戦用の真剣ではなかったが、重さや扱いに慣れるための訓練であり、刃が斬れないというだけで、真剣と何ら遜色そんしょくない。

 その剣を嬉しそうに握るシュリの側で、諦めたように、
「お体は……大丈夫ですか……?」 
 ラウが小さく声を掛けた。

「ああ、薬湯が効いてるみたいだ。
 ずいぶんと楽になった」
 手を止める事も無くシュリが答える。

「それは良かった。
 では……少しお相手をお願いできますか?
 素振りだけでは物足らなそうなので」 
 と微笑んだ。

「……ラウが?
 でも、お前は脚が……」

 シュリが言い終らぬうちにラウの杖が空を斬り、鋭い風音が一瞬、低く鳴った。

 それはいきなりの出来事だった。

 その場にいた全員が「……あっ!」と息を呑み、一瞬で空気が凍りつく。
 一介いっかいの使用人が皇太子の頭上に物を、まして杖を故意に振り下ろすなど前代未聞。
 あってはならない事だ。

「……き、貴様っ! シュリ様に対して何と無礼な事を!」

 士官の男がラウの頭上に制裁の剣を振り上げる。 

「待て!」

 だがシュリは、そのラウの不意の一撃を軽々と剣で受け止めると、 
「構わないよ」
 一言そう言い、左手で軽く士官を制した。

「し、しかし! シュリ様! こんな事が陛下に……!」
「ガル……いや、陛下には黙っておけばいい」

 ラウの顔を見ながらクスリと笑う。
 
「脚は心配なさそうだな。
 じゃあ、お願いしようか」

「ええ、では遠慮なく……!」

 言い終わるが早いか、ラウは金属の杖をまるで自身の体の一部のように使い、シュリに向かってくる。
 脚を引きずってはいるものの、それは健常者と変わりないどころか、相当の使い手である事は間違いなかった。
 それでいて、全く手加減も躊躇もない。
 そんなラウの杖……剣をシュリは本当に楽しそうに、真っ直ぐに受け止めていた。

 そして徐々にラウの剣も激しさを増す。

 互いに殺傷力の無い剣とはいえ、攻撃をまともに体で受ければ、重度の打撲や骨折程度なら十分に在り得る程だ。
 その気迫に、周囲で見守る一同の意識も完全に呑み込まれていた。


「士官殿!」

 そんな観衆の中にシュリが声を放った。
 楽しそうに、笑っているかのように聞こえるその声で……。

 急に呼ばれた士官は驚いた。
 この真剣勝負と言ってもいい程の手合せの中、まさか、話しかけられるとは露にも思っていなかったのだ。
 ビクンと体を震わせ、剣を握る自分の右手に思わず力が入り、そして、気がついた。

「……シュリ様!」
 自分の剣を、絶妙ともいえる間合いで放り入れる。

 皆がその鬼気迫る剣技と、シュリの美しさに半ば惚けただ見つめる中、その一挙手一投足に目を向け、理解し、シュリの言葉の意味を正しく理解できた士官は、さすがと言うべきだった。

 放り込まれた剣、それを宙で……左手で受け取ったシュリは、投げ入れた士官に軽く微笑み目礼をすると、一度ラウから体を引いた。
 
 その剣の重さを確かめるように、掌で剣を一回転させ握り直し、右手の剣を逆手に取り直すと胸の前に置く。
 左手の剣は自然体で下ろし足を一歩引くと、ラウを少し斜めに見ながら立った。


 そうしてシュリの手に、神の双剣が握られた。
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