華燭の城

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 翌朝、シュリが目を覚ますと、ラウはテーブルに朝食を並べ終えたところだった。

「おはよう……」
 シュリがベッドから声を掛ける。

「おはようございます。ご気分はいかがですか?
 よくお休みになれましたか?
 ……お体の方は……?」
 
 そう聞かれて昨夜の事を思い出す。

 あの精神状態では眠れるはずなどないと思っていた。
 だが戻って来たラウの顔を見て、薬湯を飲んだ後は一度も目を覚ますことは無かった。
 眠れたのだろう、と思う。
 だが今の気分は最悪だった。
 ひどく体が重く、吐き気もする。

「……ああ……。
 薬湯のおかげで眠れたみたいだ……」

 そう言って起き上がろうとすると、平衡感覚もおかしいのか天井が一度ぐるりと回り、咄嗟にベッドに手を付いて体を支えた。

 ……なんだ……、、これは……。
 強く目を閉じ、肩で大きく二、三度息をしてゆっくりと目を開けた。
 
 部屋を見渡す。
 
 揺れは収まっていたが、窓の重厚なカーテンが、まるで囚われの自分を隠すかのように引かれている。
 それが外界と室内とを分断し、薄暗い部屋が更に重く、自分の体表すべてにねっとりと粘着質の膜を被せたように息苦しかった。

「ラウ……。カーテンを開けてくれないか」
「……しかし……」 
 ラウが言い澱んだ。

「構わない。格子があっても陽は入る……」

 ラウはその言葉に「はい」とだけ返事をすると、順番に窓のカーテンを引き開けていく。


 広い部屋にはいくつもの大きな窓があったが、その全てのガラスの向こうに鉄格子が入っていた。
 格子の間から薄い朝陽が滑り込み、その陽に導かれるように、シュリはゆっくりと立ち上がった。

 だが窓の側まで歩いて行くだけの事が、今のシュリにはひどく苦しかった。
 どんどんと早くなる鼓動を細かく息をすることで紛らわし、内側へ両開きになる窓を開け、その格子に手を掛け体を支える。
 熱っぽい体に朝の冷たい風があたり、シュリの髪がわずかになびいた。


 広い敷地には、いくつもの建物が折り重なるように建ち並んでいる。
 間を縫うようにして石畳が敷き詰められた通路と庭。
 その向こうには高い城塀が見えていた。
 色は何もなく、空と同じグレーだけの世界。

「塀の中なら……行動は自由……だったな……」
 ポツリと呟く。

「はい、城内でしたらご自由に」

 ラウがその後ろ姿を見ながら答えたが、シュリはそのまま、ただじっと外を見つめているだけで、急な風が室内に入り込み暖炉の炎を揺らしても、立ち尽くす姿は微動だにしない。
 ラウの声が届いているのかさえ、定かでなかった。


「シュリ様? ……大丈夫ですか? シュリ様」
 ラウがもう一度声をかける。

「ああ……」
 やっと小さな返事が返ってくる。

「もしご気分が大丈夫なようでしたら、少し外へお出になられますか?
 何もございませんが、気分転換ぐらいにはなるかと」

「……外……」

「はい、少し散歩でも」

 正直、今の体調では立っている事さえ辛かった。
 それでも “外” という響きがひどく懐かしく、シュリを突き動かした。

「そうだな……。
 それもいいかもしれない……」

「では、午後からは披露目の宴も始まりますので、それまでの間、城内をご案内致しましょう。
 その前にお食事を……。
 ここ数日、何もお召し上がりでないのでは?」

「神儀の前には食を絶ち身を清める。
 これぐらいの事は慣れている……」

「ならば、尚更の事。いけません、シュリ様。
 どうか少しでもお召し上がりください」

 そう促されテーブルにはついたが、まだ頭の奥が熱く重い感覚と、体のだるさと苦しさは抜け切らず、それ以上に酷く気分が悪く、食欲は全くといって言いほど無かった。


「せっかく用意してくれたのに悪いな……」

 小さなフルーツをほんのわずかな量、口にしただけでフォークを置いた。
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