華燭の城

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 膝を抱え、その上に両腕を組み顔をのせて、パチパチとぜ小さな炎をあげて燃えていく薪を、シュリはただじっと見つめ続けていた。
 まだ数日しか経っていないというのに、あの神儀を舞った日が遥か昔のように感じられる。

 父は……母は……弟は……。
 そして国の民はどうしただろうか……。 
 本当に皆、無事なのか……。

 ガルシアが乗り込んで来てからの出来事が、走馬灯のように蘇る。
 そういえば、ここに着いた時は、もうこの暖炉にも火が入っていて部屋は暖かだった……。
 
 この部屋……。
 積み上げられた薪もラウが全て一人で用意したのだろうか……。
 脚が悪いのに……。

 そんな事を考えながら目を閉じた。
 体は酷く疲れていたが、やはり眠る事はできなかった。
 頬に感じるわずかな炎の温もりだけが、シュリの気持ちを慰めていた。


 カチャ……

 しばらくして扉が開く音でシュリは現実へと引き戻された。
 コツコツと聞こえる杖の音……。 

 ラウ、来てくれたのか……。
 心のどこかでホッとする自分が居た。


「シュリ様、こんな所でおやすみに……。
 やはり暖炉の火が落ちかけていましたね……」

 ラウは膝を抱えたままのシュリの横にひざまずくと、くすぶる暖炉の床をならし、器用に薪を積んでいく。

「……上手いものだな……」
 シュリがポツリと呟いた。

「起きておられましたか……」
 ラウが上掛けを頭まで被ったシュリの顔をそっと覗き込む。

「やはり眠れないのですね。
 そう思って……これを持って参りました」 
 手にしたカップをシュリに差し出した。

「これは……?」
 膝の上に頭を置いたまま、ゆっくりと見上げるように首を回す。

「これは私の家の秘伝の薬湯です。
 気持ちが落ち着き、痛みも楽になります。
 着替えも持って来ました。
 これを飲んで……。
 そうすれば、すぐにおやすみになれます」

 シュリは黙ったまま上掛けの隙間から手を伸ばした。
 カップを受け取ろうとするシュリの手が、差し出すラウの指に触れる。
 その指は氷のように冷たい……。

「ラウ……?
 本当に……ずっと廊下に居たのか?」

「あ、はい。
 薬湯と着替えを揃えてからはずっと……。
 お声があるまでは……と思っていましたが、暖炉の火が落ちたのではと思い……。
 許可も無く、勝手に入って申し訳ありません」

 シュリは黙ったまま小さく首を横に振ると、両手でそのカップを受け取り、口をつけた。

「……っ……苦い……」

 眉をひそめるシュリに「薬は苦いものです」と、ラウがその様子を静かに見つめる。

「これは一息ひといきに行かなければ、味わっていては飲めませんよ」
 そう促すラウの顔を見ながら、シュリは残りも一気に胃へと流し込んだ。

「……酷い味だな……」

 顔をしかめながら空になったカップを返すと、
「よくできました」
 受け取りながらラウが静かに微笑んだ。
 その、まるで母親のような言い方にシュリも思わず表情を緩めていた。
 そしてそのシュリの顔に、ラウもまた安堵の表情を見せる。

「ラウ……。
 さっきは出て行けと……酷い事を言った……。
 すまなかった……。
 お前も、使用人……。
 ガルシアの命令に逆らえないのは私と同じなのに……」

 ラウはその声を聞きながら、黙ったまま燃え残っていた薪を火掻き棒で崩していた。
 その姿がシュリの視界で何故かユラユラと揺れ霞む。


 ラウは火室の床に薪を広げ終えるとようやく振り返り、
「私の事は気にしなくてよいのですよ。
 私はシュリ様が今のように、穏やかに居て下さればそれで良いのです。
 火の番は私がしますから、さあ……もうベッドへ戻りましょう」
 そう微笑んだ。

 ラウに促され、立ち上がろうとしたシュリだったが、なぜか体に全く力が入らず、視界は益々暗く、揺れは酷くなった。
 思わずガクンと前のめりに倒れかかり、かたわらのラウの肩に手をつき体を支えた。

「大丈夫ですか?」 
 ラウがシュリを片手で抱きかかえるようにして、杖をつき立ち上がる。

「ラウ……さっきから……何か……、、変だ……。
 力が、入らない……。
 体が……息が苦しい……。  
 ……天井が……、、、……苦し……」

「それは先程の薬湯が効き始めた証拠です。
 しばらくすれば治まります。
 今ならすぐに眠れますよ」

 ラウは動けないシュリを抱き上げベッドまで運ぶと、手際よく夜着を着せ、薬湯の作用に喘ぐ体を横にすると、上掛けをキチンと掛け直した。

「今夜はここにおります。
 ゆっくり眠ってください」

 苦しさに肩で息をしながらも、その言葉にシュリは安心したように目を閉じた。
 そして意識を失うように、深い眠りはすぐに訪れた。
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