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「本当に……。
私がここでおとなしくしていれば、両国の民と、私の父や母、弟はこれからも今まで通りに暮らせるのだな?」
「勿論です。
シュリ様がここにおられる限り、我が国も、そして神国の安全も保障される。
それが陛下の御意向です」
長い沈黙など無かったように、シュリの問いにラウは即答した。
「……ならば……それでいい……。
私はそのために来たのだ……。
……そちらが約束さえ守れば他言はしない。
……何も心配することはない」
「ありがとうございます」
ラウは深く腰を折った。
「この秘密だけを守っていただけるなら、この城内での行動は自由。
皆、シュリ様をお迎えできて喜んでおります。
もちろん、いつも私がお側におりますのでご安心ください。
ただ、城の外にお出になりたい時だけは陛下にお許しを頂いた後、必ず私がご一緒に……」
「……そういう事か……。
ラウ、お前も……世話役も所詮は見張り……ということだ」
ほんの少し前、このラウの見せた優しい笑みに、わずかでも安堵した自分がいた。
だが、やはりここに味方はいないのだ。
そのシュリの言葉にラウは目を伏せた。
「確かに……。
私は陛下から、シュリ様の行動を見張るよう仰せつかっております。
そして、そのような私の事をすぐに信用していただけない事も承知しています。
陛下がシュリ様と神国に対し行った蛮行を思えば、陛下を……この国を憎まれても仕方ありません。
ですが私は……何があってもシュリ様の味方です」
シュリは黙っていた。
言葉が出なかった。
この理不尽極まりない身勝手な話。
だがその理不尽に抗うことさえできない自分と、会ったばかりだというのに、信じろと、味方だと言いきる男。
いったい何をどう信じればいいのか……。
得体の知れない、困惑という深い闇に呑まれそうになる。
膝の上で組んだ両手に額を乗せると、見たくもないモノが現実として視界に入り、シュリは思わず目を閉じた。
「……大丈夫でございますか?
これからしばらくは国内外へのお披露目の宴も続きますし、少しでも時間があれば休まれた方がよろしいかと」
「……シャワーを……」
そう呟くシュリの右手は、左手首の固まった血を隠すように握られていた。
「これは気が付かず、申し訳ありません。
浴室は向こうの扉です。
その間に着替えの準備をしておきます」
ラウは部屋の端に並ぶ扉の一つを示して頭を下げた。
シュリが入浴を済ませて戻ると、ラウはきちんと着替えを一揃え用意して待っていた。
「お食事はどうなされますか?
準備はできておりますが」
ラウの視線の先、部屋の大きなテーブルに、ひとり分の食事が並べられている。
いくつも並ぶ皿に、色取りどりの料理が美しく盛り付けられ、それは、ひとり分とはいえ、全く見劣りするものではなかった。
「……あれはラウが?」
「いえ、私は運ばれた物をご用意しただけ。
シュリ様や陛下の召し上がる物は、専属の料理人が厳しい監視の中で作っております」
その答えにシュリはふと苦笑いを浮かべた。
神国では侍女達がいつも賑やかな声を上げながら、城の厨房で皆の食事を作っていた。
その楽しそうな声に誘われ、幼いシュリもよく厨房に入ったものだ。
すると必ず誰かが味見と称して摘まみ食いをさせてくれる。
それは遠い昔の幸せな記憶……。
だがここは……あのガルシアだ。敵は少なくないはず。
万が一、毒でも盛られては……と考えるのは当たり前で“専属の料理人”と“監視”という言葉には、全く違和感がなく、至極当然の事と納得できた。
あの非情な男に、家族の団欒等という言葉は似合わない。
「……何か?」
苦笑いとはいえ、笑みをこぼしたシュリを、ラウが不思議に思うのも無理はない。
「いや……何でもない。
悪いが今は要らない」
「何か失礼でもありましたでしょうか?」
テーブルに並べられた物は、フォーク1本、スプーン1つに至るまで、全てマナーに適っていて、落ち度など無い程に完璧だ。
「いや、そうじゃない。ただ食欲がないだけだ」
差し出された衣服を身に着けながら答え、着替え終わるとゆっくりと中央のソファーに腰を下ろした。
「承知いたしました」
手際よくテーブルを片づけるラウを見ながら、シュリはソファーに座ったまま動く気になれなかった。
ただぼんやりと、動くラウの姿を見ていた。
その時、トントンと小さく扉がノックされた。
応対に出たラウが、何か一言二言、廊下の人物と会話を交わしている。
扉の間からわずかに黒い袖が見え隠れしていることから、訪れたのは、あの車で一緒だった男……オーバストという男らしい。
「シュリ様、急ですが……陛下がお呼びでございます」
扉を閉めてシュリの元へ戻ったラウがそう告げた。
「……わかった。
……案内頼む……」
私がここでおとなしくしていれば、両国の民と、私の父や母、弟はこれからも今まで通りに暮らせるのだな?」
「勿論です。
シュリ様がここにおられる限り、我が国も、そして神国の安全も保障される。
それが陛下の御意向です」
長い沈黙など無かったように、シュリの問いにラウは即答した。
「……ならば……それでいい……。
私はそのために来たのだ……。
……そちらが約束さえ守れば他言はしない。
……何も心配することはない」
「ありがとうございます」
ラウは深く腰を折った。
「この秘密だけを守っていただけるなら、この城内での行動は自由。
皆、シュリ様をお迎えできて喜んでおります。
もちろん、いつも私がお側におりますのでご安心ください。
ただ、城の外にお出になりたい時だけは陛下にお許しを頂いた後、必ず私がご一緒に……」
「……そういう事か……。
ラウ、お前も……世話役も所詮は見張り……ということだ」
ほんの少し前、このラウの見せた優しい笑みに、わずかでも安堵した自分がいた。
だが、やはりここに味方はいないのだ。
そのシュリの言葉にラウは目を伏せた。
「確かに……。
私は陛下から、シュリ様の行動を見張るよう仰せつかっております。
そして、そのような私の事をすぐに信用していただけない事も承知しています。
陛下がシュリ様と神国に対し行った蛮行を思えば、陛下を……この国を憎まれても仕方ありません。
ですが私は……何があってもシュリ様の味方です」
シュリは黙っていた。
言葉が出なかった。
この理不尽極まりない身勝手な話。
だがその理不尽に抗うことさえできない自分と、会ったばかりだというのに、信じろと、味方だと言いきる男。
いったい何をどう信じればいいのか……。
得体の知れない、困惑という深い闇に呑まれそうになる。
膝の上で組んだ両手に額を乗せると、見たくもないモノが現実として視界に入り、シュリは思わず目を閉じた。
「……大丈夫でございますか?
これからしばらくは国内外へのお披露目の宴も続きますし、少しでも時間があれば休まれた方がよろしいかと」
「……シャワーを……」
そう呟くシュリの右手は、左手首の固まった血を隠すように握られていた。
「これは気が付かず、申し訳ありません。
浴室は向こうの扉です。
その間に着替えの準備をしておきます」
ラウは部屋の端に並ぶ扉の一つを示して頭を下げた。
シュリが入浴を済ませて戻ると、ラウはきちんと着替えを一揃え用意して待っていた。
「お食事はどうなされますか?
準備はできておりますが」
ラウの視線の先、部屋の大きなテーブルに、ひとり分の食事が並べられている。
いくつも並ぶ皿に、色取りどりの料理が美しく盛り付けられ、それは、ひとり分とはいえ、全く見劣りするものではなかった。
「……あれはラウが?」
「いえ、私は運ばれた物をご用意しただけ。
シュリ様や陛下の召し上がる物は、専属の料理人が厳しい監視の中で作っております」
その答えにシュリはふと苦笑いを浮かべた。
神国では侍女達がいつも賑やかな声を上げながら、城の厨房で皆の食事を作っていた。
その楽しそうな声に誘われ、幼いシュリもよく厨房に入ったものだ。
すると必ず誰かが味見と称して摘まみ食いをさせてくれる。
それは遠い昔の幸せな記憶……。
だがここは……あのガルシアだ。敵は少なくないはず。
万が一、毒でも盛られては……と考えるのは当たり前で“専属の料理人”と“監視”という言葉には、全く違和感がなく、至極当然の事と納得できた。
あの非情な男に、家族の団欒等という言葉は似合わない。
「……何か?」
苦笑いとはいえ、笑みをこぼしたシュリを、ラウが不思議に思うのも無理はない。
「いや……何でもない。
悪いが今は要らない」
「何か失礼でもありましたでしょうか?」
テーブルに並べられた物は、フォーク1本、スプーン1つに至るまで、全てマナーに適っていて、落ち度など無い程に完璧だ。
「いや、そうじゃない。ただ食欲がないだけだ」
差し出された衣服を身に着けながら答え、着替え終わるとゆっくりと中央のソファーに腰を下ろした。
「承知いたしました」
手際よくテーブルを片づけるラウを見ながら、シュリはソファーに座ったまま動く気になれなかった。
ただぼんやりと、動くラウの姿を見ていた。
その時、トントンと小さく扉がノックされた。
応対に出たラウが、何か一言二言、廊下の人物と会話を交わしている。
扉の間からわずかに黒い袖が見え隠れしていることから、訪れたのは、あの車で一緒だった男……オーバストという男らしい。
「シュリ様、急ですが……陛下がお呼びでございます」
扉を閉めてシュリの元へ戻ったラウがそう告げた。
「……わかった。
……案内頼む……」
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