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「……名前は? なんて呼べばいい……?」
しばらくの沈黙の後、シュリが口を開いた。
「私はラウムと申します。
ラウ、とお呼び下されば……」
「ラウム……!?」
男が頭を下げたまま答える中、窓へ歩みを進めていたシュリが驚き振り返った。
「“ラウム”って……まさかあの悪名“悪魔鴉”の“Raum”なのか!?
そのような忌名……。
それは本名なのか!? ファミリーネームは……!?」
名乗る男の言葉を遮り、矢継ぎ早に質問を投げるシュリの声も思わず大きくなる。
だが、ラウムと名乗った男は顔色一つ変える事はなかった。
「私はただの使用人。
私のような身分の者にファミリーネームはございません。
陛下は、周りの者に御自身で名前を付けられます。
今日、陛下とご一緒に神国から戻られた側近長の方、あの方はオーバスト。
“Oberst”……“大佐”という意味でそう呼ばれていると伺った事があります。
陛下が私をラウム……“カラス”と呼ばれるのなら、きっと、この辺りでは珍しいこの黒髪のせいでしょう」
思いがけないその静かな答えに、シュリの方が言葉に詰まった。
いくら驚いたとはいえ、そしていくら相手が使用人であるとはいえ、初対面の者にいきなり『お前の名は悪名だ、悪魔だ』とは、あまりにも非礼である。
「……そう……か……悪かった。
……余計な事を言った……すまない」
そう謝るシュリに、
「いいえ、お気になさらず」
頭を下げたままのラウの声が優しくなる。
その澄んだ声にシュリもわずかに緊張の糸を解いていた。
「ありがとう……。これからよろしく頼む、ラウ」
「はい、シュリ様」
ラウは顔を上げると、真っ直ぐにシュリを見つめ優しく微笑んだ。
本来、皇子の世話をするのは、侍従と言われる身分の者だ。
一般の使用人が側につくことはあり得ない。
だがシュリは、この期に及んでそんな事に頓着する気も無ければ、文句を言う気もありはしなかった。
いや、それどころか、捕虜同然の自分に世話役が付けられる、という事だけでも驚きを持っていた。
そしてもう一つ、シュリが驚き目を奪われたのはラウ本人だった。
歳は20代後半ぐらい……だろうか。
使用人とはいえ皇太子の側で身の回りの世話をするのである。
長身で細身の体に、きっちりとスリーピースのダークスーツを着こなし、整った顔立ちに長い黒髪が良く似合う。
暖炉の炎に映されたその姿……左手に金属の杖をついて立つその姿に、シュリは何故か目が離せなくなり、しばらく見つめ続けていた。
「……どうされました?」
「あ……いや……」
問いかけるラウから照れ隠しのように視線を外し、目の前の重厚なカーテンを引き開けた。
そこにはあったのは――。
腰の高さ辺りから高い天井まで届く大きな窓いっぱいに、頑丈にはめ込まれた鉄格子だった。
思わず絶句した。
囚われ人……。
やはり、そういう事なのだ……。
カーテンを握った拳に力が入る。
黙ってうつむき、唇を噛むシュリにラウが近付き、
「シュリ様、ここでの生活について、少しお話しておかなければならない事がございます」
その手からそっとカーテンを取ると、ゆっくりと引き閉じていく。
シュリは目を伏せたまま黙って頷き、促されるままソファーに腰を下ろすと、ラウは右足を引きずるようにコツコツと杖をつき、その側へ立った。
「脚……悪いのなら構わない、座ればいい」
シュリが向かいのソファーを勧めたが、
「この脚は子供の頃から……。
多少不自由はしますが、今はもう痛む事もありませんので、ご心配なく」
そう言ってラウは立ったまま話し始めた。
しばらくの沈黙の後、シュリが口を開いた。
「私はラウムと申します。
ラウ、とお呼び下されば……」
「ラウム……!?」
男が頭を下げたまま答える中、窓へ歩みを進めていたシュリが驚き振り返った。
「“ラウム”って……まさかあの悪名“悪魔鴉”の“Raum”なのか!?
そのような忌名……。
それは本名なのか!? ファミリーネームは……!?」
名乗る男の言葉を遮り、矢継ぎ早に質問を投げるシュリの声も思わず大きくなる。
だが、ラウムと名乗った男は顔色一つ変える事はなかった。
「私はただの使用人。
私のような身分の者にファミリーネームはございません。
陛下は、周りの者に御自身で名前を付けられます。
今日、陛下とご一緒に神国から戻られた側近長の方、あの方はオーバスト。
“Oberst”……“大佐”という意味でそう呼ばれていると伺った事があります。
陛下が私をラウム……“カラス”と呼ばれるのなら、きっと、この辺りでは珍しいこの黒髪のせいでしょう」
思いがけないその静かな答えに、シュリの方が言葉に詰まった。
いくら驚いたとはいえ、そしていくら相手が使用人であるとはいえ、初対面の者にいきなり『お前の名は悪名だ、悪魔だ』とは、あまりにも非礼である。
「……そう……か……悪かった。
……余計な事を言った……すまない」
そう謝るシュリに、
「いいえ、お気になさらず」
頭を下げたままのラウの声が優しくなる。
その澄んだ声にシュリもわずかに緊張の糸を解いていた。
「ありがとう……。これからよろしく頼む、ラウ」
「はい、シュリ様」
ラウは顔を上げると、真っ直ぐにシュリを見つめ優しく微笑んだ。
本来、皇子の世話をするのは、侍従と言われる身分の者だ。
一般の使用人が側につくことはあり得ない。
だがシュリは、この期に及んでそんな事に頓着する気も無ければ、文句を言う気もありはしなかった。
いや、それどころか、捕虜同然の自分に世話役が付けられる、という事だけでも驚きを持っていた。
そしてもう一つ、シュリが驚き目を奪われたのはラウ本人だった。
歳は20代後半ぐらい……だろうか。
使用人とはいえ皇太子の側で身の回りの世話をするのである。
長身で細身の体に、きっちりとスリーピースのダークスーツを着こなし、整った顔立ちに長い黒髪が良く似合う。
暖炉の炎に映されたその姿……左手に金属の杖をついて立つその姿に、シュリは何故か目が離せなくなり、しばらく見つめ続けていた。
「……どうされました?」
「あ……いや……」
問いかけるラウから照れ隠しのように視線を外し、目の前の重厚なカーテンを引き開けた。
そこにはあったのは――。
腰の高さ辺りから高い天井まで届く大きな窓いっぱいに、頑丈にはめ込まれた鉄格子だった。
思わず絶句した。
囚われ人……。
やはり、そういう事なのだ……。
カーテンを握った拳に力が入る。
黙ってうつむき、唇を噛むシュリにラウが近付き、
「シュリ様、ここでの生活について、少しお話しておかなければならない事がございます」
その手からそっとカーテンを取ると、ゆっくりと引き閉じていく。
シュリは目を伏せたまま黙って頷き、促されるままソファーに腰を下ろすと、ラウは右足を引きずるようにコツコツと杖をつき、その側へ立った。
「脚……悪いのなら構わない、座ればいい」
シュリが向かいのソファーを勧めたが、
「この脚は子供の頃から……。
多少不自由はしますが、今はもう痛む事もありませんので、ご心配なく」
そう言ってラウは立ったまま話し始めた。
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