13 / 199
- 12
しおりを挟む
「……名前は? なんて呼べばいい……?」
しばらくの沈黙の後、シュリが口を開いた。
「私はラウムと申します。
ラウ、とお呼び下されば……」
「ラウム……!?」
男が頭を下げたまま答える中、窓へ歩みを進めていたシュリが驚き振り返った。
「“ラウム”って……まさかあの悪名“悪魔鴉”の“Raum”なのか!?
そのような忌名……。
それは本名なのか!? ファミリーネームは……!?」
名乗る男の言葉を遮り、矢継ぎ早に質問を投げるシュリの声も思わず大きくなる。
だが、ラウムと名乗った男は顔色一つ変える事はなかった。
「私はただの使用人。
私のような身分の者にファミリーネームはございません。
陛下は、周りの者に御自身で名前を付けられます。
今日、陛下とご一緒に神国から戻られた側近長の方、あの方はオーバスト。
“Oberst”……“大佐”という意味でそう呼ばれていると伺った事があります。
陛下が私をラウム……“カラス”と呼ばれるのなら、きっと、この辺りでは珍しいこの黒髪のせいでしょう」
思いがけないその静かな答えに、シュリの方が言葉に詰まった。
いくら驚いたとはいえ、そしていくら相手が使用人であるとはいえ、初対面の者にいきなり『お前の名は悪名だ、悪魔だ』とは、あまりにも非礼である。
「……そう……か……悪かった。
……余計な事を言った……すまない」
そう謝るシュリに、
「いいえ、お気になさらず」
頭を下げたままのラウの声が優しくなる。
その澄んだ声にシュリもわずかに緊張の糸を解いていた。
「ありがとう……。これからよろしく頼む、ラウ」
「はい、シュリ様」
ラウは顔を上げると、真っ直ぐにシュリを見つめ優しく微笑んだ。
本来、皇子の世話をするのは、侍従と言われる身分の者だ。
一般の使用人が側につくことはあり得ない。
だがシュリは、この期に及んでそんな事に頓着する気も無ければ、文句を言う気もありはしなかった。
いや、それどころか、捕虜同然の自分に世話役が付けられる、という事だけでも驚きを持っていた。
そしてもう一つ、シュリが驚き目を奪われたのはラウ本人だった。
歳は20代後半ぐらい……だろうか。
使用人とはいえ皇太子の側で身の回りの世話をするのである。
長身で細身の体に、きっちりとスリーピースのダークスーツを着こなし、整った顔立ちに長い黒髪が良く似合う。
暖炉の炎に映されたその姿……左手に金属の杖をついて立つその姿に、シュリは何故か目が離せなくなり、しばらく見つめ続けていた。
「……どうされました?」
「あ……いや……」
問いかけるラウから照れ隠しのように視線を外し、目の前の重厚なカーテンを引き開けた。
そこにはあったのは――。
腰の高さ辺りから高い天井まで届く大きな窓いっぱいに、頑丈にはめ込まれた鉄格子だった。
思わず絶句した。
囚われ人……。
やはり、そういう事なのだ……。
カーテンを握った拳に力が入る。
黙ってうつむき、唇を噛むシュリにラウが近付き、
「シュリ様、ここでの生活について、少しお話しておかなければならない事がございます」
その手からそっとカーテンを取ると、ゆっくりと引き閉じていく。
シュリは目を伏せたまま黙って頷き、促されるままソファーに腰を下ろすと、ラウは右足を引きずるようにコツコツと杖をつき、その側へ立った。
「脚……悪いのなら構わない、座ればいい」
シュリが向かいのソファーを勧めたが、
「この脚は子供の頃から……。
多少不自由はしますが、今はもう痛む事もありませんので、ご心配なく」
そう言ってラウは立ったまま話し始めた。
しばらくの沈黙の後、シュリが口を開いた。
「私はラウムと申します。
ラウ、とお呼び下されば……」
「ラウム……!?」
男が頭を下げたまま答える中、窓へ歩みを進めていたシュリが驚き振り返った。
「“ラウム”って……まさかあの悪名“悪魔鴉”の“Raum”なのか!?
そのような忌名……。
それは本名なのか!? ファミリーネームは……!?」
名乗る男の言葉を遮り、矢継ぎ早に質問を投げるシュリの声も思わず大きくなる。
だが、ラウムと名乗った男は顔色一つ変える事はなかった。
「私はただの使用人。
私のような身分の者にファミリーネームはございません。
陛下は、周りの者に御自身で名前を付けられます。
今日、陛下とご一緒に神国から戻られた側近長の方、あの方はオーバスト。
“Oberst”……“大佐”という意味でそう呼ばれていると伺った事があります。
陛下が私をラウム……“カラス”と呼ばれるのなら、きっと、この辺りでは珍しいこの黒髪のせいでしょう」
思いがけないその静かな答えに、シュリの方が言葉に詰まった。
いくら驚いたとはいえ、そしていくら相手が使用人であるとはいえ、初対面の者にいきなり『お前の名は悪名だ、悪魔だ』とは、あまりにも非礼である。
「……そう……か……悪かった。
……余計な事を言った……すまない」
そう謝るシュリに、
「いいえ、お気になさらず」
頭を下げたままのラウの声が優しくなる。
その澄んだ声にシュリもわずかに緊張の糸を解いていた。
「ありがとう……。これからよろしく頼む、ラウ」
「はい、シュリ様」
ラウは顔を上げると、真っ直ぐにシュリを見つめ優しく微笑んだ。
本来、皇子の世話をするのは、侍従と言われる身分の者だ。
一般の使用人が側につくことはあり得ない。
だがシュリは、この期に及んでそんな事に頓着する気も無ければ、文句を言う気もありはしなかった。
いや、それどころか、捕虜同然の自分に世話役が付けられる、という事だけでも驚きを持っていた。
そしてもう一つ、シュリが驚き目を奪われたのはラウ本人だった。
歳は20代後半ぐらい……だろうか。
使用人とはいえ皇太子の側で身の回りの世話をするのである。
長身で細身の体に、きっちりとスリーピースのダークスーツを着こなし、整った顔立ちに長い黒髪が良く似合う。
暖炉の炎に映されたその姿……左手に金属の杖をついて立つその姿に、シュリは何故か目が離せなくなり、しばらく見つめ続けていた。
「……どうされました?」
「あ……いや……」
問いかけるラウから照れ隠しのように視線を外し、目の前の重厚なカーテンを引き開けた。
そこにはあったのは――。
腰の高さ辺りから高い天井まで届く大きな窓いっぱいに、頑丈にはめ込まれた鉄格子だった。
思わず絶句した。
囚われ人……。
やはり、そういう事なのだ……。
カーテンを握った拳に力が入る。
黙ってうつむき、唇を噛むシュリにラウが近付き、
「シュリ様、ここでの生活について、少しお話しておかなければならない事がございます」
その手からそっとカーテンを取ると、ゆっくりと引き閉じていく。
シュリは目を伏せたまま黙って頷き、促されるままソファーに腰を下ろすと、ラウは右足を引きずるようにコツコツと杖をつき、その側へ立った。
「脚……悪いのなら構わない、座ればいい」
シュリが向かいのソファーを勧めたが、
「この脚は子供の頃から……。
多少不自由はしますが、今はもう痛む事もありませんので、ご心配なく」
そう言ってラウは立ったまま話し始めた。
0
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。


鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる