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「フン……もういい。
皆、下がれ。後はこちらでやっておく」
溜息と共に王が発した「下がれ」の一言に安堵したのか、わずかだか弛緩した空気が広間に広がる。
睨まれた二人も退出の命を幸いにと、頭を下げたままゆっくりと後退った。
そそくさと広間を出て行く役人の姿に、集められていた使用人達も気まずそうに顔を見合わせると、小さく頷き合い、後に続き出て行く。
そんな姿を視界の端で見下ろしながら、
「……葬儀などつまらん。
もっと楽しい事はないのか。
……お前達ももういい、今日は終いだ」
座の後ろに控えていた側近達にもそう声を掛けた。
一同が一斉に頭を下げ退出し始めると、王はそのまま座の肘掛けに頬杖を突き、この世の全ての事象が気に食わぬ……とでもいう風に煩わしそうに首を振った。
「まったく、世継ぎ世継ぎと……。
ワシが死んだ後の国の行く末など、どうなろうと知ったことか」
イライラと言葉を吐き捨てる。
「陛下、そのお言葉は公の場ではお控え下さい。
臣下の、陛下への忠誠心を殺ぐものです」
皆が我先にと部屋を出て行く中、ひとり部屋に残った男が口を開いた。
「……うるさいぞ」
ジロリと睨むその王の視線に全く怯む様子も無く、男が笑った。
「では陛下、こういう策はいかがでしょう?
この国の世継ぎにふさわしい者を、他国の皇子の中から選ぶ。……というのは」
「フン……選ぶだと?
何を言い出すのかと思えば、お前まで馬鹿な事を言うな。
自国の皇子を『どうぞ』と差し出す国などあるものか。
それに我が国は、この帝国の中でも最大領土を持つ一番の大国。
その我が国と釣り合うだけの国は、他に無い。
どの国も遥かに格下。
皇子と名が付いていても、このワシとは身分が違うのだ。
どこの妃だろうが皇子だろうが、ワシにとっては皆、卑しく下等だ」
わずかに男の方に向けていた顔を再び逸らし、王は嫌悪の表情を隠そうともせず舌打ちをした。
「……それが、陛下……」
他の役人達ならば、それだけで逃げ出したくなるような王の態度を気にもせず、逆に耳打ちするように顔を寄せた男の声がわずかに小さくなる。
「一つだけ “神国” と呼ばれている特別な国があるのです」
「神国……?
特別な神の国……だと?」
頬杖のまま、王は気だるそうにチラリと視線を返した。
「はい。それはこの大陸の果てにある小さな国ですが、大陸全土の神が在神すると言われ、他国からも神聖化され一目置かれております。
中でもこの国の皇子はひと際美しく、その穢れ無き身体に神を宿し、現世の神の化身と信じられているとか……」
男の言葉を聞くが否や、王はそれを鼻で一笑に付した。
「神、神、神!! 神だと!? くだらん! 神など戯言だ。
ワシがそういうモノの崇拝を嫌っているのは、お前も知っておるはず!」
「勿論、百も承知。
ですが、他国から見ればいかがでしょう?
神ならば、この国の世継ぎ人として、誰も文句は言いますまい。
いや、それどころか……神を手に入れたとなれば、陛下の名声は益々天下に轟き、この国は恒久に安泰かと」
「……」
ザッと雨音が強くなる。
いや、室内が静まり返ったために、そう思えただけなのかもしれない。
すっかり陽も落ち薄暗くなった部屋に、戦さの始まりを告げるが如く遠雷が低く腹に響いた。
皆、下がれ。後はこちらでやっておく」
溜息と共に王が発した「下がれ」の一言に安堵したのか、わずかだか弛緩した空気が広間に広がる。
睨まれた二人も退出の命を幸いにと、頭を下げたままゆっくりと後退った。
そそくさと広間を出て行く役人の姿に、集められていた使用人達も気まずそうに顔を見合わせると、小さく頷き合い、後に続き出て行く。
そんな姿を視界の端で見下ろしながら、
「……葬儀などつまらん。
もっと楽しい事はないのか。
……お前達ももういい、今日は終いだ」
座の後ろに控えていた側近達にもそう声を掛けた。
一同が一斉に頭を下げ退出し始めると、王はそのまま座の肘掛けに頬杖を突き、この世の全ての事象が気に食わぬ……とでもいう風に煩わしそうに首を振った。
「まったく、世継ぎ世継ぎと……。
ワシが死んだ後の国の行く末など、どうなろうと知ったことか」
イライラと言葉を吐き捨てる。
「陛下、そのお言葉は公の場ではお控え下さい。
臣下の、陛下への忠誠心を殺ぐものです」
皆が我先にと部屋を出て行く中、ひとり部屋に残った男が口を開いた。
「……うるさいぞ」
ジロリと睨むその王の視線に全く怯む様子も無く、男が笑った。
「では陛下、こういう策はいかがでしょう?
この国の世継ぎにふさわしい者を、他国の皇子の中から選ぶ。……というのは」
「フン……選ぶだと?
何を言い出すのかと思えば、お前まで馬鹿な事を言うな。
自国の皇子を『どうぞ』と差し出す国などあるものか。
それに我が国は、この帝国の中でも最大領土を持つ一番の大国。
その我が国と釣り合うだけの国は、他に無い。
どの国も遥かに格下。
皇子と名が付いていても、このワシとは身分が違うのだ。
どこの妃だろうが皇子だろうが、ワシにとっては皆、卑しく下等だ」
わずかに男の方に向けていた顔を再び逸らし、王は嫌悪の表情を隠そうともせず舌打ちをした。
「……それが、陛下……」
他の役人達ならば、それだけで逃げ出したくなるような王の態度を気にもせず、逆に耳打ちするように顔を寄せた男の声がわずかに小さくなる。
「一つだけ “神国” と呼ばれている特別な国があるのです」
「神国……?
特別な神の国……だと?」
頬杖のまま、王は気だるそうにチラリと視線を返した。
「はい。それはこの大陸の果てにある小さな国ですが、大陸全土の神が在神すると言われ、他国からも神聖化され一目置かれております。
中でもこの国の皇子はひと際美しく、その穢れ無き身体に神を宿し、現世の神の化身と信じられているとか……」
男の言葉を聞くが否や、王はそれを鼻で一笑に付した。
「神、神、神!! 神だと!? くだらん! 神など戯言だ。
ワシがそういうモノの崇拝を嫌っているのは、お前も知っておるはず!」
「勿論、百も承知。
ですが、他国から見ればいかがでしょう?
神ならば、この国の世継ぎ人として、誰も文句は言いますまい。
いや、それどころか……神を手に入れたとなれば、陛下の名声は益々天下に轟き、この国は恒久に安泰かと」
「……」
ザッと雨音が強くなる。
いや、室内が静まり返ったために、そう思えただけなのかもしれない。
すっかり陽も落ち薄暗くなった部屋に、戦さの始まりを告げるが如く遠雷が低く腹に響いた。
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