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第4章 旅にアクシデントはお約束?

4-55 とある古狼の休日①

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 司とリリが出かけて数日後。

ヴォルフは兎神と打ち合わせをして、今後の一族の方針を決めた。新しい環境にも慣れた。これからは与えられるだけではなく、自分たちで食料を確保するために行動する。

「それでは、準備はいいか?」

 ヴォルフの声掛けで、ウル一族全員が頷く。今、この場にいない大樹様係のルーヴ1名を除いたウルの民の全員は干支神家の地下、彼の地への門の前に集合していた。

「では、約束は覚えているな? 必ず2名のペアで行動すること。6時間でこの場へ戻ること。無理はしないこと。出発前に向かう方向を皆に伝えておくこと。各自、時間の感覚は覚えたな?」

 ヴォルフは兎神と事前に決めたことを復唱する。

「獲得した獲物はその場で食べて構わない。ただし、悪戯に生命を搾取することは許されない。糧もしくは防衛のため以外は厳禁だ。あの魔獣どもと同じ道を歩むモノに対しては、私が一族の長の責務を果たすことを肝に銘じておけ」

 ウルの一族は大樹様の守り人、あの血に飢えた魔獣と同じ行動をするならば覚悟しろ、とヴォルフは皆に訴える。勿論、この中にそんな外道は存在しないが、何よりも意思疎通が大事である。

「ではローテーションだが、1陣は私ともう1名で西へ向かう。ルーヴは本日大樹様係で留守番だ。2陣と3陣はこの場で待機、待機中は少しであれば食事をとって構わない。兎神が用意してくれた保存食を使用許可する」

「では、6時間経過して私たちが戻らなければ約束通りに行動せよ。……征くぞ」

 ヴォルフの号令を起点として、ウルの一族は新たな道を歩みだす。

 門をくぐり、故郷の空気を腹いっぱいに吸い込む。自然に身体が反応し、本来のものへ変化する。今のヴォルフの身体は5メートル程。手足は太く、力強く大地を踏みしめる。肺から取り込んだ魔素が血液を介して全身を巡り、四肢に力が漲るのが実感できる。

電車と同じくらいの時速80キロで昼夜を問わず走り抜けることができる驚異の体力。司の身体を荷物ごと、片脚で軽く吹き飛ばすほどの膂力。言葉を理解し、学習し、仲間と情報を共有することができる高い知性。そして、何より大樹様を、家族を愛する気高き種族。古の狼と呼ばれるにふさわしい堂々とした佇まいだった。

「よし、では西へ向かうぞ。ついてこい!」


 ヴォルフたちは大岩の祠から西へ向かう。事前に司から東は草原、南は海との情報を得ていた。不明なのは西と北。食料確保のついでに周辺の情報を集めること。ヴォルフたちが今できる司への恩返しの一端である。

「……それにしても、この辺りは食えないトカゲが多いな。もう少し、先に行くか」

 祠の周囲は荒野で、そこに唯一存在しているのは、司の先祖がどうやっても食えないと称した例のアーススイーパーである。いや、食えるが物凄く不味い。ただそれだけである。

 ヴォルフたち、というか野生の生き物の大半は鼻が利く。本能的に対象が食べられるのか、食べられないのかを識別することができるのだ。人間のように毒キノコなどを間違えて食してしまうようなことはほとんどない。

 アーススイーパーたちが群れる荒野をヴォルフたちは走り抜けていく。移動に際して、彼らの知覚範囲に入って反応されるが、一瞬で駆け抜けていくため襲われることはない。

 
 しばらく荒野を駆けると目の前には大地を切り裂いたかのような崖が現れた。裂け目は南北に続いており、遥か下には流れの速い川が流れていた。

「ヴォルフ、どうします?」

「そうだな……あそこに少し狭くなっているところが見える。まずは下の川に何があるか調べよう。その後は、向こう岸に渡ってさらに西へ向かう」

 ヴォルフはそう言うと、岩壁の僅かなでっぱりを使って崖下へ降りていき、川の状態を確認する。

「ふむ……水は飲めそうだ。生き物は……いないな。流れが速すぎるか。ここでの調達は厳しいか」

 ヴォルフは水の匂いを嗅ぎ、躊躇なくガブガブと水分補給をした。生水には寄生虫などがいる可能性もある。見た目で綺麗な水だと思っても注意が必要だ。

 川の調査を終えたヴォルフたちは岩壁を蹴って、反対側に登っていく。崖を挟んだ向こう側もしばらくは荒野が続いていたが、アーススイーパーたちがいたところとは違い、緑がちらほらと見える。どうやら川を挟むとアーススイーパーたちは移動できないようだ。

「む? この匂いは……」

 ヴォルフは鼻を鳴らしながら、辺りに漂う匂いを確認する。どうやら荒野に生える緑、その中に気になるものを見つけたようだ。

 匂いのする方向へ進むことしばらく、それは荒野をゆっくりと闊歩していた。周囲をよくみればかなりの数が生息している。

「これは……植物なのか? 動物なのか? 不思議な生き物だな」

 ヴォルフの疑問も尤もだ。そこにいたのは、まるで歩くイソギンチャクのような植物で根っこを器用に動かしながら縦横無尽に歩き回っていた。そして、その頭部には大きなまつぼっくりのような果実が実っていたのだった。
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