上 下
55 / 278
第3章 干支神はファンタジーな一族を家に迎える

3-15 紫の乙女の懇願と、武神の少女の男気と a wise decision

しおりを挟む
 司さんのお屋敷から森を抜け、道を走り、街に出る。

 雨が激しく降る中、大地をしっかりと踏みしめて、前に前に駆ける。私の出来るだけの、私の可能な限りの力を振り絞って、少しでも早く舞さんのところへ。

「ぶへ」

 隣を走っていた車さんから、不意にたくさんの水が飛んできた。飛んできた水を私は頭からかぶってしまい、急に視界が閉ざされて、足元が見えなくなる。だけど、走る速度は落とせない。早く舞さんのところへ行くのが、今の私のできる精一杯のことだから。

 視界が不安定なまま、しばらく走っていた私は道に落ちていた何かを踏んでしまいました。いつもなら何でもないそれも、雨がたくさん降っている状態だと話が変わってくる。何かを踏んだ私の脚は大地を踏みしめることができなくなり、次の瞬間つるっと滑って空を切った。走っている体勢が大きく崩れてしまい、私は頭から地面に突っ込んでしまった。ずしゃっという鈍い音がして、少し遅れて身体に激痛が走る。

「くう、いたた」

 涙が出そうなくらい痛いけど、今はそんなことを気にしている暇はないのです。早く起き上がらないと、と思ったところで横から声が聞こえた。この声には聞き覚えがある。これから会おうとしていた人の声。雨が降っていて今までわからなかったけど、知っている匂い。

「リリ?リリなんですか?」

 ああ、間違いありません。舞さんです。無事にたどり着くことができてよかった。私は舞さんに会えた安堵感からか、今まで走ってきた疲労からなのか、地面に突っ伏したまま、意識を失ってしまった。

「リリっ!リリ、大丈夫ですか!?まさか車にひかれたんですか!?ケガは!?」


 また今日も雨ですか、最近ずっと雨ですね。雨が続くと、気分もなぜか憂鬱になってしまいます。お洗濯物も外に干せませんし、かと言って洗濯しないわけにもいきませんし。家の中も湿気でジメジメジメジメ。私の家も道場も昔からある木造建築なので、湿気は適切に処理しないと大変なことになります。これでもしカビでも生えようものなら、カ〇キラーを大量投入して、カビ菌を滅殺したくなってしまいます。

 今、私は司さんのご実家の月1回の掃除をしてきたところです。

 司さんのご実家の掃除の帰り道、歩く私のすぐ側を、車がすごいスピードで走り抜けていきました。しかも路側帯にたまった水をザバザバと辺りにまき散らして走って行っています。なんというマナーのない迷惑な車でしょうか。人様に迷惑をかけるなら車なんて乗らないでほしいモノです。

 そのはた迷惑な車が来た方向をつい見て、ふと気づきました。ちょっと離れたところの地面に何かが倒れています。まさか、さっきの車にひかれたのでしょうか?なんということを!?私は急いで確認に行きました。段々と近づくにつれて、その『何か』がわかりました。わかってしまいました。あの紫色の独特な毛並み、間違えるはずもありません。司さんと一緒に何度も会っていますから。居ても立っても居られず、私は傘をその場に投げ捨てて、全力で駆け寄ります。それと同時に、私はその出来事のあまりの恐ろしさに身体が震えてきてしまいました。

「リリ!?まさか、リリなんですか!?」

 まさか、なんということですか。嘘だと言ってください。こんなことって・・・。こんなことってないです。神様お願いです、リリが、リリが無事ありますように。今日初めてお祈りするような罰当たりな私ですが、どうか、どうか聞き届けてください。

「リリっ!リリ、大丈夫ですか!?まさか車にひかれたんですか!?ケガは!?」

 まじかでその姿を確認して、間違いありません、リリです。そんな。

 いえ、ダメです、舞、こういう時こそ、努めて冷静になりなさい。冷静に状況を判断して、適切な処理をするのです。それができないようでは、あなたは素人となんら変わりませんよ。私は震える手で両の頬を思いっきり叩きます。思いのほか強く叩きすぎてちょっとヒリヒリしますが、手の震えも止まり、気合も入りました。

 まずは外観から。目立った外傷と出血の有無、所見なし。吐血の有無、所見なし。自発呼吸の有無、自発呼吸あり。意識、なし。次、触診。骨折の有無、所見なし。打身の有無、所見なし。体温確認、おそらく良。脈拍確認、・・・おそらく良。

 よかった。車にひかれたわけじゃなさそうです。私は安堵感からか、へなへなとその場に座り込んでしまいました。自分が濡れるのもいとわず、ぎゅっとリリを大切に抱きかかえます。無事で本当によかった。なんでリリがこんなところに一人でいるのかわかりませんが、まずは私の家に連れて帰りましょう。

 そう考えていたら、黒塗りの立派な車が近くに停車して、中から傘もささずに、人が下りてきました。執事服を着た、初老の男性、この人は見たことがあります。

「申し訳ありませんでした、舞様。リリ様を見つけてくださったのですね。ありがとうございました。そのままの恰好で構いませんので、ひとまず車にお乗りください。家まで送りながらご説明を致します」

 車から降りてきたのは、司さんの執事長と名乗っていた兎神(とがみ)さんという方でした。なんでリリがこんなところに居て、こんな目に遭っているのか、怒る気持ちはありますが、どうやら理由があるようですね。ひとまず冷静になって話を聞くとしましょう。まずはこれ以上リリが雨に濡れるのを防がなければいけません。兎神さんが開けてくれた後部座席のドアから車に乗り込みます。車の中にはもう一人、女性の方がいて、私とリリを見てすぐにタオルを渡してくれました。ふう、助かります。リリも私もびしょ濡れですからね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜

ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。 社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。 せめて「男」になって死にたかった…… そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった! もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!

ひよっこ神様異世界謳歌記

綾織 茅
ファンタジー
ある日突然、異世界に飛んできてしまったんですが。 しかも、私が神様の子供? いやいや、まさか。そんな馬鹿な。だってほら。 ……あぁ、浮けちゃったね。 ほ、保護者! 保護者の方はどちらにおいででしょうか! 精神安定のために、甘くて美味しいものを所望します! いけめん? びじょ? なにそれ、おいし ――あぁ、いるいる。 優しくて、怒りっぽくて、美味しい食べものをくれて、いつも傍に居てくれる。 そんな大好きな人達が、両手の指じゃ足りないくらい、いーっぱい。 さてさて、保護者達にお菓子ももらえたし、 今日も元気にいってみましょーか。 「ひとーつ、かみしゃまのちからはむやみにつかいません」 「ふたーつ、かってにおでかけしません」 「みーっつ、オヤツはいちにちひとつまで」 「よーっつ、おさけはぜったいにのみません!」 以上、私専用ルールでした。 (なお、基本、幼児は自分の欲に忠実です) 一人じゃ無理だけど、みんなが一緒なら大丈夫。 神様修行、頑張るから、ちゃんとそこで見ていてね。 ※エブリスタ・カクヨム・なろうにも投稿しています(2017.5.1現在)

小型オンリーテイマーの辺境開拓スローライフ~小さいからって何もできないわけじゃない!~

渡琉兎
ファンタジー
◆『第4回次世代ファンタジーカップ』にて優秀賞受賞! ◆05/22 18:00 ~ 05/28 09:00 HOTランキングで1位になりました!5日間と15時間の維持、皆様の応援のおかげです!ありがとうございます!! 誰もが神から授かったスキルを活かして生活する世界。 スキルを尊重する、という教えなのだが、年々その教えは損なわれていき、いつしかスキルの強弱でその人を判断する者が多くなってきた。 テイマー一家のリドル・ブリードに転生した元日本人の六井吾郎(むついごろう)は、領主として名を馳せているブリード家の嫡男だった。 リドルもブリード家の例に漏れることなくテイマーのスキルを授かったのだが、その特性に問題があった。 小型オンリーテイム。 大型の魔獣が強い、役に立つと言われる時代となり、小型魔獣しかテイムできないリドルは、家族からも、領民からも、侮られる存在になってしまう。 嫡男でありながら次期当主にはなれないと宣言されたリドルは、それだけではなくブリード家の領地の中でも開拓が進んでいない辺境の地を開拓するよう言い渡されてしまう。 しかしリドルに不安はなかった。 「いこうか。レオ、ルナ」 「ガウ!」 「ミー!」 アイスフェンリルの赤ちゃん、レオ。 フレイムパンサーの赤ちゃん、ルナ。 実は伝説級の存在である二匹の赤ちゃん魔獣と共に、リドルは様々な小型魔獣と、前世で得た知識を駆使して、辺境の地を開拓していく!

追放された転生モブ顔王子と魔境の森の魔女の村

陸奥 霧風
ファンタジー
とある小学1年生の少年が川に落ちた幼馴染を助ける為になりふり構わず川に飛び込んだ。不運なことに助けるつもりが自分まで溺れてしまった。意識が途切れ目覚めたところ、フロンシニアス王国の第三王子ロッシュウは転生してしまった。文明の違いに困惑しながらも生きようとするが…… そして、魔女との運命的な出会いがロッシュウの運命を変える……

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が子離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

せっかく異世界に転生できたんだから、急いで生きる必要なんてないよね?ー明日も俺はスローなライフを謳歌したいー

ジミー凌我
ファンタジー
 日夜仕事に追われ続ける日常を毎日毎日繰り返していた。  仕事仕事の毎日、明日も明後日も仕事を積みたくないと生き急いでいた。  そんな俺はいつしか過労で倒れてしまった。  そのまま死んだ俺は、異世界に転生していた。  忙しすぎてうわさでしか聞いたことがないが、これが異世界転生というものなのだろう。  生き急いで死んでしまったんだ。俺はこの世界ではゆっくりと生きていきたいと思った。  ただ、この世界にはモンスターも魔王もいるみたい。 この世界で最初に出会ったクレハという女の子は、細かいことは気にしない自由奔放な可愛らしい子で、俺を助けてくれた。 冒険者としてゆったり生計を立てていこうと思ったら、以外と儲かる仕事だったからこれは楽な人生が始まると思った矢先。 なぜか2日目にして魔王軍の侵略に遭遇し…。

異世界二度目のおっさん、どう考えても高校生勇者より強い

八神 凪
ファンタジー
   旧題:久しぶりに異世界召喚に巻き込まれたおっさんの俺は、どう考えても一緒に召喚された勇者候補よりも強い  【第二回ファンタジーカップ大賞 編集部賞受賞! 書籍化します!】  高柳 陸はどこにでもいるサラリーマン。    満員電車に揺られて上司にどやされ、取引先には愛想笑い。  彼女も居ないごく普通の男である。  そんな彼が定時で帰宅しているある日、どこかの飲み屋で一杯飲むかと考えていた。  繁華街へ繰り出す陸。  まだ時間が早いので学生が賑わっているなと懐かしさに目を細めている時、それは起きた。  陸の前を歩いていた男女の高校生の足元に紫色の魔法陣が出現した。  まずい、と思ったが少し足が入っていた陸は魔法陣に吸い込まれるように引きずられていく。  魔法陣の中心で困惑する男女の高校生と陸。そして眼鏡をかけた女子高生が中心へ近づいた瞬間、目の前が真っ白に包まれる。  次に目が覚めた時、男女の高校生と眼鏡の女子高生、そして陸の目の前には中世のお姫様のような恰好をした女性が両手を組んで声を上げる。  「異世界の勇者様、どうかこの国を助けてください」と。  困惑する高校生に自分はこの国の姫でここが剣と魔法の世界であること、魔王と呼ばれる存在が世界を闇に包もうとしていて隣国がそれに乗じて我が国に攻めてこようとしていると説明をする。    元の世界に戻る方法は魔王を倒すしかないといい、高校生二人は渋々了承。  なにがなんだか分からない眼鏡の女子高生と陸を見た姫はにこやかに口を開く。  『あなた達はなんですか? 自分が召喚したのは二人だけなのに』  そう言い放つと城から追い出そうとする姫。    そこで男女の高校生は残った女生徒は幼馴染だと言い、自分と一緒に行こうと提案。  残された陸は慣れた感じで城を出て行くことに決めた。  「さて、久しぶりの異世界だが……前と違う世界みたいだな」  陸はしがないただのサラリーマン。  しかしその実態は過去に異世界へ旅立ったことのある経歴を持つ男だった。  今度も魔王がいるのかとため息を吐きながら、陸は以前手に入れた力を駆使し異世界へと足を踏み出す――

異世界で魔法使いとなった俺はネットでお買い物して世界を救う

馬宿
ファンタジー
30歳働き盛り、独身、そろそろ身を固めたいものだが相手もいない そんな俺が電車の中で疲れすぎて死んじゃった!? そしてらとある世界の守護者になる為に第2の人生を歩まなくてはいけなくなった!? 農家育ちの素人童貞の俺が世界を守る為に選ばれた!? 10個も願いがかなえられるらしい! だったら異世界でもネットサーフィンして、お買い物して、農業やって、のんびり暮らしたいものだ 異世界なら何でもありでしょ? ならのんびり生きたいな 小説家になろう!にも掲載しています 何分、書きなれていないので、ご指摘あれば是非ご意見お願いいたします

処理中です...